第22話 副魔王 手を出さない
あたりは真っ暗闇だが、トーマにはその闇の中が見えていた。正確には、目でみているのではなく、感覚で認識している。影の中、自分の魔法が支配している中であるなら、色彩はなくともなにがあるのかは鮮明にわかった。
潜むだけでなく、影を渡るのも容易だった。
影魔法の中でも最も簡単なのは影に隠れること。次に、影の中を移動すること。
難しいのは影になかに他人を引きずり込むこと。影の中に閉じ込めること。そして影と影を飛んで渡ること。
最も難しいのは、影を動かすこと。
そして禁術は、影を殺して持ち主を乗っ取ること。
また、自分の影を動かし、目的物の影を捕らえ、主の動きを止め、殺す。これは理想とされる影の攻撃魔法だ。
殺すのは自分の手でしなくてはいけないので、血なまぐさいし勇気がいるため、なかなか不人気である。影魔法自体が敬遠される理由の一つでもある。
第一、地味だ。
そして、正義という感じはまるでしない。悪役の使う魔法だ。
残念ながら、トーマはこの魔法が得意だった。本当は光魔法だとか雷魔法に憧れていて、それも頑張って習得したのだが、結局一番得意なのはこの地味な影魔法なのだ。
「これって移動しているの? それとも止まってるの?」
不安そうなロクシャーヌの声が届いた。
「移動している最中さ。そうだな、動く歩道に乗っていると思えばいい。影の中限定の超楽な移動方法」
けれど魔力の消費も激しい。しかも今はロクシャーヌという他人も一緒だ。
「っと、……」
「どうしたの?」
「影が消えた。こっちの先には光がある。迂回するか。ロクシャーヌ、この中でも鏡は使えるか?」
「う、使えるかもしれないけど、見えない」
「あ、そうか」
術者ではないロクシャーヌにとっては、前も後ろも上も下も真っ暗なだけなのだ。
「わかった」
トーマは移動を一度やめ、外を伺ってみることにした。トーマの感覚によれば、自分たちはどこかの建物の壁に潜んでいる。高い建物だ。地下はない。
夜のなので、いくら明かりがあったとしても、どこかしらに必ず闇という名の影があるはずだった。しかし、今いる場所から先、影が途切れている。細い影の道すらない。感覚を広げてみるが、数十メートル内には影の逃げ道がなかった。
光の壁があるのか。
トーマはそんなことを思った。
嫌な予感がしつつも、そっと姿を出してみると、目の前には目が焼けるほどに眩い光があった。
「うあっ!」
たまらず、トーマは目を押さえて影の中に倒れこんだ。
「トーマ! どうしたの! 大丈夫?」
「大丈夫だ。けどちょっとだけまずい。なにかの光の結界があったのかもしんない。それに触っちまった。見つかったかな」
可能性は高かった。光結界が張られているとするならば、このすぐそばにあるのはヨタルの中でも重要な場所に違いない。城や、司法裁判所、警察所、いくつか考えられたが、ここからでは正解はわからない。
それを察してかロクシャーヌが言う。
「一度外に出られれば、鏡でいろいろ調べられるんだけれど。どこかないの?」
「あまり気が進まないけれど、建物の中になら出れる」
「中……」
「ああ。建物の内側」
「……。人、いるかな」
「たぶんな」
「……一か八か、出てみる?」
ロクシャーヌがそう言ったので、トーマは影から出ることにした。
トーマはあたりを警戒しながら、ゆっくりと影から抜け出した。運よくそこには人は歩いておらず、ゆっくりとロクシャーヌの腕を引っ張る。そろりとロクシャーヌも顔を出した。
「ここ、どこだろ」
「さあ、わかんねーな。でも夜には人がいない建物っぽい。運が良かった、警察署だったら必ず人がいる」
「さっさとこの場所がどこだか調べちゃいましょ」
「頼む」
魔鏡には地図が浮かび上がっている。ロクシャーヌが気を利かせて辺り一帯を鑑定してくれたのだが、えらいことなった。地図が呪文と数字であっというまに埋め尽くされ、しかも文字と文字が重なり合って判別不能になってしまった。あまりの量に、まるで鏡が痙攣しているかのように文字群が震えて見えた。
「うわああ、やべぇこれ、やべえって! 早く消せ!」
「壊れる、鏡壊れる!」
二人は焦った。結局ただの地図にして見ることにした。下手に調べると、情報過多で鏡が割れてしまう気がする。
「っと、たぶんこの建物は図書館かな。図書館の……職員棟なんじゃないかと思う。んで、隣が領主の城だね。この図書館はお城とつながってるから、壁一枚で隔たってるだけだね」
「ならあの光の壁みたいなのは、城の結界かなにかかな」
「そうだと思うんだけど、直接それだけに絞って鑑定してみないと、さっきみたいなことになっちゃうよ」
鏡の痙攣はなにやら恐ろしかった。
「……うーん。この城を迂回して行けないかな」
「そうねぇ、こっちは裁判所でしょ、こっちは警察署、こっちは役所、でその向こうが……証券取引所……。どこもかしこも光の結界くらい張ってそうな気がする。……やっぱ無謀だったんじゃない? ここを突っ切るの」
「……だなー。大人しく遠回りしとけばよかったか」
「戻る?」
「そうすっか」
トーマはあきらめ、もう一度影に潜り込んだ。
しかし、すぐに異変に気が付いた。
影の範囲がさっきより狭まっている。
「まずった」
やはり先ほどの光の結界に感知されていたのだ。あたりには無数の光が灯され、侵入者を捜索している。
「どうしたの」
「気付かれてる。影がない。……」
「……逃げ道がどこにもないの?」
「いや、逃げ道はあると思う。けどたぶんそれは罠だ。影魔法を使っているとばれているなら、影をわざと作ってそこを使わせて追い込む。警察のやりそうなことだ」
「じゃあどうすんの、ずっと影に潜ってやり過ごす?」
「影飛びならなんとか逃げ切れるかもしれないけど……」
自分だけならまだ余裕でできるくらいの魔力が残っていた。けれども、ロクシャーヌを影から影へと飛ばすほどの魔力があるか微妙だった。それにうまく操れるかも不安なのだ。失敗したらロクシャーヌは闇の中に落っこちで、二度と見つけられなくなるかもしれない。
「……、よし。……逃げられないなら、……強行突破するか」
「は?」
「やっぱ難易度高いほうが楽しいしな!」
トーマは決心すると、素早く計画を練った。
「入り込むのは領主の城だ。ここから一番近い。さっき結界に触れちまった場所は一番警戒されているだろうし、影ができやすい場所もきっと警戒されている。だから、一番影のできない場所に行く」
「影のできない場所っていうと……、……、え、じゃあ城の真正面だけど」
「おっけ。そこに行くぞ。光の結界をすぐに分析できるように準備しといてくれよ」
「本気? ねえ本気で正面から行くの?」
「まかせとけって」
トーマは城の正面に近い場所で影魔法を解いた。
目の前には、天から垂れ下がる光のカーテンがあった。うっとりするほどに神々しい結界だった。
「トーマ、出た!」
見とれる暇などなくロクシャーヌが魔法情報を分析し、トーマはそれを一瞥してから手の平を合わせる。
「解呪! そして、光よ!」
手のひらから広がる虹色の波紋によって、光のカーテンがほろほろと崩れていった。けれどもこの結界は使われている魔力量が桁違いだ。すぐに、まるで機織りでもされるかのように結界が修復されてゆく。
それをトーマは力技で遮った。
光魔法に対し、光の魔法で対抗したのだ。結界が崩れてできた穴に、光の輪をはめ込んだわけだ。
「ロクシャーヌ、飛び込め!」
もうロクシャーヌは戸惑わなかった。すぐに光の環を潜り抜け、トーマもそれに続いた。転がるように芝生に着地して、素早く移動魔法を唱える。
「よっしゃ、空間よ、歪め!」
短距離の瞬間移動。トーマにできるのはほんの十メートルほどのワープだ。それでも、侵入者に対して発せられた光線はよけられた。
第二波に備える数秒間も得られた。
「光よ!」
目の前に丸い光の盾ができる。輪郭が定まった瞬間に、はるか頭上から放たれた光線を弾いた。弾かれた光線は地面をえぐり、そこに影ができた。小さな影だが、潜れる。トーマは一つの土くれを握り、城に向かって放り投げた。するとそれを目がけていくつもの光線が放たれて、次々と地面がえぐられてゆくのだった。
トーマはロクシャーヌを引っ張り、小さな小さな影の中へと潜り込んだ。
息をするのを忘れていた。
暗闇な中でやっとトーマは深呼吸をした。
腰から力が抜けそうだった。
「……トーマ、あんた無茶しすぎ……。寿命縮んだ、絶対十年くらい減った」
泣きそうな声が届いた。
俺は二十年くらい縮んだよ。そう言いたかったけれど、呼吸を整えるので精いっぱいだ。
「……このまま一旦城の中に入る。運よく、ほっそいけれど城門までの影ができたから、なんとかたどってくよ。はぐれるなよ」
すると、ロクシャーヌが袖を握り返してきた。震えてるかと思いきや、
「どんなに細くても通れるの? 途中で詰まったりしない?」
と耳元で全くおびえていなさそうな声がした。
「……絹糸一本分でもつながってりゃなんとかなるよ」
「ふっしぎー。まあ、問題は、城に侵入してからだけれどね」
「それな」
息を整えてから、トーマは細い細い影を移動した。時折影が揺れるのは、光の結界や監視のせいで、影の形が変わるからだろう。角度によっては影が切れてしまうかもとひやりとしたが、城に入り込むまでは途切れずに澄んだ。
城の中には影がきちんと存在していた。
外の影の不安定さからすれば、一安心できるくらいの安定感だ。
魔法の範囲を広げても、まったく揺らぐことがない。
どこに何があるか、誰がどんな歩調で歩いているか、影があるものならばまるで自分のことのように感じ取ることができたのだ。
「あー……そうそう、これこれ、よかった、しっかりわかる」
トーマが握りこぶしを作って感涙した。
あー、恐かった。
もう外に出たくない。でも出ないことにはしようがないのも現実だ。
「……さてと、一旦表に出るか」
人がやってこないのを確認して、トーマとロクシャーヌはそろっと姿を出した。
鏡を出して場所を確認すると、どうやら城の地下階らしい。人の気配が少ないのはありがたいが、どこか陰気だった。
「……なんか、……恐いな、ここ。おばけでそう」
「やめてよ、まじででたらどうすんの」
「なあ、城内の見取り図とかわかるか? ここどこか調べてくんない?」
「うん。やってみる」
ロクシャーヌも、ここの陰気臭さに眉根を寄せている。死体安置所の近くとかでないことをトーマは祈った。
すると、ロクシャーヌが急に首を傾げた。
「ねえ、これ、なんだろ?」
そう、鏡を見せてくる。そこには見事な見取り図が浮かび上がっていた。万能すぎる。地下迷宮でこれを持っていたら、あっという間に攻略できるだろう。
「地図だろ?」
「まあそりゃ見たらわかるわよ。馬鹿にしてるの?」
「いや、違います。すみません」
なんだか一瞬恐かった。
「これ。なんか、光が点滅してるんだよね」
確かに、見取り図には点滅する光の点があった。他にはそのような点はない。通路や部屋の形などが記されているだけだ。
「なんだろー。……伝説の剣とかのありかかな?」
ロクシャーヌが面白そうに言った。
「だったらめっちゃほしい、俺」
トーマも面白がって答えた。
「……じゃあ勇者にでもなっちゃう?」
「なっちゃおっかなー。勇者トーマ、魔王を倒して世界の王様となる!」
「うわー、途中で挫折してパブとか開いてそう」
「俺もそう思う」
人の気配ないのをいいことに二人はけらけらを声を出して笑った。
そしてトーマは瞬時に真面目になった。
「それ、拡大とかできないのか」
「やってみる」
ロクシャーヌは鏡面を指で撫で、いろいろと操作をし、なんとか拡大方法を見つけた。
拡大を繰り返してゆくと、ロクシャーヌの指が震えだした。
「大丈夫か?」
「な、なんか……魔力がすごい勢いで吸い取られていってる感覚がする……。きっとこれ、高度な魔法操作なんだと思う。実際に呪文とか使う魔法だったら、かなり上級者向け……」
「あんまり無理しなくていいぞ」
「でも、ほら……こんなに鮮明に拡大で……、き、……た」
「……」
ロクシャーヌが鏡を見て呆然とした。トーマもそれを覗き込み、言葉を失った。
そこには鮮明すぎる映像が映っていた。
一人の老婆が鎖で壁に括りつけられ、槍のようなもので串刺しにされている。
今まさに、四本目の槍が老婆の腹部に突き刺された。
「きゃっ」
「ひっ」
ロクシャーヌは悲鳴を上げて顔を背け、トーマもひきつった。
四本の槍が刺さった老婆は、それでもなお生きていて、口から血をたらしながら笑みを浮かべているのだ。
それは紛れもなく、昼間にみた魔女の顔だった。
魔鏡の預言者が、血を吐きながら何かをしゃべっている。
そして笑みに口元が歪んだ。五本目の槍は首に刺さり、鏡面一杯に血しぶきが舞った。
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