第18話 副魔王 振り込みを確認する




「ささ、ご用件を伺います。こちらへどうぞ!」


 副魔王はへりくだられながら、セキュリティーが強固そうな個室に案内された。

 その部屋にはテーブルとイス、そして一台のマシン。反対側には先ほどの人間が座った。


「では、魔族の国とされる地域の金融機関をリストアップしますので、該当の機関名がありましたら指で押してください」


「実はどこの機関かわからぬのだ。ほとんどを部下にやらせておったので」


「複数お選びいただけますので、なんとなく覚えのありそうなものなら押しておいてください」


「ふむ」


 副魔王は次々と流れるように出てくる機関名のうちから六つを選んだ。


「ではそのあとにパスワードを入れてみてください」


「覚えておらぬが。というか知らぬが」


「ではこちらの画面に、おわかりになる項目を入れてみてください」


 切り替わった画面には、様々な質問事項があった。

 副魔王はそれらに答えてゆくと、しばらくして


「失礼いたしました。該当の機関が分かりましたが、こちらは通常のネットワークでは使用不可ですので、匿名のサーバーにて再接続いたします。幾つか経由してからのお取引となりますので少しお待ちください」


 と、よくわからぬことを言われたが、数分してから、見覚えのある機関と口座名が出てきた。


「おお、これだ」


「では、最後に、こちらはこれ以上先の操作をされる場合には決められた魔力コードが必要になりますので、ご入力ください」


 これらの作業中、銀行員は一切画面を見ていなかった。


「魔力コードの入力などわからぬのだが、どうすればよいのだ?」


「申しわけございません。こちらの金融機関には禁止呪がかけられておりますので、我々は見てお教えすることができないのです」


「禁止呪?」


「特定の者以外が目にした瞬間にその命が奪われるという呪詛の鍵です」


「なんと。知らなかった」


「お客様はそれを見ても平気なようですので、その金融機関に口座をお持ちということにもなります」


「そうか。なるほど。……しかし、お前が見れぬのではあればコードの入れ方がわからぬではないか」


「ご、ごもっともでございます! 申しわけございません! おそらくどこかに、触れれば魔力を読み取るようなマークがあると思いますので、そこを触れてみてください。なければ外部機器の取り付けが必要になるかと思います」


「むむ、なるほど……」


 画面を動かしてみると、古代文字を絵にしたような丸いマークがあり、そこがほんのり光っていた。これだろうかと指をあててみると、画面が切り替わった。

 そこには副魔王の詳細な記録が羅列されていた。


「おお! 入れたぞ!」


「よかったですー。一安心ですね」


「うむ。ちょっとこの仔細を調べてもよいか? 時間はあるか?」


「ええ、時間でしたらお気になさらず」


「助かる。ありがとう」


 しかし、調べは直ぐについた。一番近い振り込み金額が、魔歴で言うところの去年だった。

 おかしい。

 一年に一度、給与が降りこまれることになっている。賞与だとかなんだとかいろいろ含めて一括で入ってくる。

 それは聞いていた。一年に一度だけちらっと確認していた。普段金など使わぬ生活をしているし、使う必要もないと思っているため、給与というものをあまり重要視していなかった。

 しかし、仕事に対する対価という考えであるなら、きちんと振り込まれるべきであると副魔王は考える。

 考えるゆえに、これは由々しき問題だった。


「退職金が振り込まれておらぬ」


 由々しき大問題だった。


「なぜだ」


 許されぬ所業であった。


「なぜだ」


「な、なぜで……ございましょう……か」


「おい、ここの金融機関に連絡が取れるか」


「は、はい。あ、いえ、ここは、その匿名サーバーをいくつも経由しての取引ですので、直接連絡は……その、あの……」


「おのれ、あのクソ野郎が、よもやまだ退職届を処理しておらぬのではないだろうな」


 おのれ。おのれ。おのれ!


 今にも飛んで行って殴り殺してやりたかった。首の骨を折ってやる勢いで胸ぐらを掴んで揺さぶり両頬を往復で張り、大事な大事な角を折ってトイレに捨ててやりたかった。

 しかし副魔王は衝動を堪えた。耐えた。今戻っていったら捕まって副魔王の席に縛り付けられる。

 副魔王の職からそうそう簡単に逃れられぬことを知っている。

 なぜならば、副魔王がいなくなれば、世界のバランスが崩れるからだ。

 この世は魔王が制している。しかし、副魔王という魔王と同等の力を持つものが勢力の中から抜けた場合、もう一つの勢力が生まれることにもつながる。

 それを懸念してこれまで我慢してきた。

 だがもう我慢するのも嫌になったのだ。

 副魔王は辞める。

 辞めた。

 魔王城には戻らぬ。

 退職金をよこせ。

 でなければ、退職金が原因の世界大戦が起こるかもしれぬぞ。

 私を労え、クソ魔王が。

 なにやら喉の奥に涙の味が広がった。


「よい、……今はよい、今後考えるゆえ、ひとまず、……ここに振り込まれている金を、世界で一番利用しやすい金融機関に移してもらえぬか?」


「む、無理です……」


「なぜだ」


「そ、それは……。世界が破綻します……」


「なぜだ……」


「金額が大きすぎるので……」


「そうか。では、ちょっとだけ買い物をしたいから、両替してくれ」


「買い物でしたら、カードをおつくりになればよろしいかと」


「そうか。ではカードを作ってくれ」


「金融カードにしますか、銀行カードにしますか」


「どちらが楽なのだ?」


「銀行カードでしたら、貯蓄から引き出せます。それがあると、他金融機関でも比較的楽に両替や引き出しができます。金融カードでしたら、資産額に応じてランクがあり、買い物できる上限が上がってゆきます。銀行から月に一度一括で引き落としができ、特典も様々あります」


「意味がよくわからぬ」


「あなた様ほどでしたら、どちらでも大してかわらないかと」


「では銀行カードにしておく。この近くの村でも両替できるのであれば」


「かしこまりました。すぐにお作りいたします」



 そのあと副魔王は広い応接室に通され、カードができるまでの三十分ほどをのんびり過ごした。そしてカードが出来上がってくると、なにやら十数名の人間たちが横並びに挨拶をしてきて、丁重に署名を求められ、副魔王は久しぶりにサインをした。仕事以外でのサインなどどれくらいぶりだろう。


「あ、すまぬ。ついうっかり長い名でサインをしてしまった。支障があってはこまるので書き直させてくれぬか?」


「フルネームでも支障はありませんが」


「フルネームではないのだが、私のサインにはちょっとした効力があってだな、私が許可したゆえに正義であるという意味になってしまう」


「……それが、銀行のカードを作るのに、なにか……支障が……?」


「……そういわれてみれば、無いな」


 副魔王は布をかぶり直し、大勢の銀行員たちに見送られて銀行を後にした。

 出来上がったカードはパッと別の空間にしまった。なくしては困る。下々の世界では金がなくては生活ができぬ。


「そうだ。せっかく買い物ができるのだし、フーリンとクーリン以外にもトーマと部長にもなにかお土産を買ってやろう。何が好きであろうか。蕪かな。ふふ、楽しみだな」






 副魔王が去った銀行では、直接副魔王の対応をした人間を筆頭に人がばったばったと倒れていっていた。

 ゴブリンたちが慌ててやってきて、疲労で立ち上がれない人間たちの介抱をしはじめる。

 ゴブリンほどに鑑定視力はもっていないにせよ、人間の中でもその能力の高い者ばかりであった。しかも大銀行の高額貯蓄者係となれば、エリートかつ優れた能力者である。

 隠しているとはいえ、副魔王の真の力の片鱗に触れてしまえる。

 普通の人間ではちょっと惹かれるだけで済む程度かもしれなかったが、能力があるがゆえに負荷が酷くかかってしまったのだった。

 ゴブリンの銀行員の一人が言った。


「あれはただの魔族の国の者ではないのかもしれません」


「ど、どういうことだ?」


 そう聞き返したのは、見送りをした直後に倒れた、銀行の支配人だった。


「そもそも国などないではありませんか、この世界に」


「そうだが、しかし概念としてはあるだろう」


「ええ、そうですね。国境線はなくとも、概念はあります。……ですので、私は魔族の国という地域出身になるのですが、……。私の出身国では、その概念に属さない場所がある、と噂されています」


「そんな場所はいくつもあるだろう?」


「ええ、伝説の森だとか海だとか地下帝国だとか、そういった場所もそうなのですが。もっと現実的な場所です」


「どこだ」


「わかりません。しかし、そこには真の強者しか行けぬらしいのです」


「強い者だけが行ける場所?」


「はい。我々のような一般的な生き物では生きてゆけぬ場所です。強きものしか生き残れぬ場所……」


 銀行員たちは、あの魔族の国から来たと称する美しい青年を思い浮かべた。


「本当に強き者のそばには、弱き者がいることができないのです。余りの強さに耐え切れず滅してしまう。強者には強者しか近寄れない。真に強い者だけが、その伝説の場所に呼ばれ、……、その場所で暮すのです。強者にとってのユートピア……。その噂が本当であれば、先ほどの青年はそこから旅立ってきたのではないでしょうか」



 魔族の国出身のゴブリンは目をつぶった。その強者の住まう場所が本当に存在することを知っている。

 不詳の弟がそこに行ってしまったのだった。

 仕事嫌いのぐうたらな弟だったが、肝だけは座っていた。頭は弱いが、強き者だったのだろう。その場所がどこにあるのか知らないが、実家でたまに顔を合わせれば


「神経がいくつあってもありない。早く辞めてぇ」


 と、愚痴をこぼしていたのを思い出した。退職金、振り込まれるといいですね。ゴブリンは美しい青年に心から同情した。





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