第15話 副魔王 占い師に会う
地下道の空気が軽く感じるのは、おそらく部屋に充満していた煙から解放されたせいだろう。
通路は相変わらず薄暗く、時間感覚が狂わされる。地上が昼なのか、実はもう夜なのか、人間ではわからなくなるかもしれない。
トーマはランプの傍にいき、袖をまくって腕時計を覗き見た。
「まだ昼過ぎか……。サガン様、馬車の出発時刻までは余裕があります。どうします? ……蓮璃の館ってとこに行ってみますか?」
「そうしよう」
副魔王とトーマは通路の奥へと向かった。奥に行けば行くほど暗くなる。
「……大丈夫ですかね、あのばあさん」
トーマが鏡を覗き込みながらつぶやいた。
「あの魔女は自分の運命を見てから選んだのだ。それよりトーマよ、隠れろ」
副魔王はトーマを引き寄せ、半分埋め込まれた柱の陰に身を隠した。直後、十数名の人間の足音が聞こえてくる。そっと覗けば、兵士だった。手にしているランプが揺れ、槍と剣の刀身が妖しく反射している。
「あれは、」
「しっ」
しゃべりかけたトーマの口を副魔王は手で押さえた。
兵士たちは魔女の部屋のドアをノックし、少ししてから蹴破って中へを押し入っていった。金属が大量に床に落ちる音や、男たちの怒鳴り声が地下通路に響き渡った。
副魔王とトーマが身をひそめるすぐ近く。ランプが置いてあるそばの扉がそっと開き、中から何者かが顔を出した。それは騒がしく捕り物をしている部屋を見、身を潜めている副魔王とトーマを見、足元のランプの光を消して、ドアを閉めた。
見れば、通路のランプがすべて消えている。魔女の部屋のドアから漏れる明かりだけが煌々としていた。
しかしすぐにそれも閉ざされた。
魔女が縄につながれ、兵士によって連れていかれたからだ。兵士の持つランプの明かりが見えなくなると、副魔王はトーマの口から手を放した。
「行ったようだ」
するとトーマは逃げ出すように副魔王から離れ、かと思えばへなへなと床に座り込んだ。
「あ、すまぬ。もしかして息ができなかったか」
「……、はは、だ、大丈夫です……」
暗くて顔は良く見えないが、肩で息をしている。
「それよりもサガン様、……連れていかれてしまいました……。……処刑ってのも、当たるんでしょうか」
「投獄されたあとは見えぬと言っていた。処刑は予測にすぎぬ。もしかしたら、助かるかもしれぬ」
「……ですね、……だといいのですが……」
実際、魔女の少し先の未来は暗いだろう。それでも魔女は、死にたいと言っていた。二百年生きているから、と。
二百年の年月など副魔王にとっては一瞬に過ぎない。しかし人間にとってはどれだけの長さだろうか。長生きは良いこととされるが、長すぎる寿命は人間にとっては幸福なのだろうか。
少なくとも、あの魔女にとってはそうではなさそうだった。処刑はもしかしたら、あの魔女にとって本当に喜ばしいことなのかもしれない。
捕り物騒ぎのおかげで、当たりは真っ暗だった。明かりになるものももっていなかったが、おもむろにトーマが手のひらの上に光の球体を作り上げた。
「おお、それはなんだ。魔法というやつか?」
「はい。簡単な光魔法です」
白く輝く光の球は、中心こそ目が焼けるほどに明るいが、周りに放出される光は柔らかく、副魔王とトーマの周りを包むこむように広がっている。
「ほうほう。可愛らしい。どれ、私もやってみるか」
「え」
副魔王は見よう見まねで手のひらの上に光を作った。それはトーマの光の球よりも一回り大きかった。
「はじめてにしてはうまくできたと思わぬか?」
副魔王は自分が作った球がかわいらしく見え、トーマに笑顔で訊ねた。
「うまくっていうか、完璧ですよ……」
「そうか! うむ、そうか」
「ほんとに、初めてっすか……」
「うむ。光の球を作ろうなどと思ったことがあまりないな。無意識でやっていたことはあるかもしれぬが」
「無意識で……。……魔法能力の有無を調べる検査とかも、受けたことはないんですか」
「ないな。むしろそんなことを人間はするのか?」
「え、あ、はい。しますね。魔法能力のある人間は全体の三分の一くらいいるそうで、才能がある子供は、学校で魔法授業を受けます。普通の生徒よりも授業数が増やされるんで、すっごく不満もありましたけど」
「ほう、そうなのか。なんだかお前の子供のころが想像できたぞ。はは」
「な、ちょっと、俺は真面目でしたからね!」
「そうなのか」
「信じてませんね?」
「信じているとも。信じておる。ふふふ。どれ、お前は鏡を持っているだろう。その光は私が持ってやる」
そう言って、副魔王はトーマの手のひらから光の球を掬い取って、ぽんと宙に浮かせた。
「……」
「こっちは足元にやろう」
自分が作りだした光の球は少し前にぽーんと投げた。それは地面より少し上に浮遊し、道案内をするようにふわふわと先へ進んで行く。
「突き当りを左だったな。行くか」
「は、はい……」
「光の球はかわいいな」
「……ちょっと言ってる意味が分かんないっす」
ふよふよとけなげに道案内してくれるのに、かわいさが伝わらなかった。
これが人間との感性の違いというやつか。
「お前の作った球もかわいいぞ」
「……」
褒めたのに無反応とは一体どういうことだ。
球の先導によって道の突き当りまでたどり着き、左に曲がった。するとすぐに、副魔王の目の高さの位置に「蓮璃の館」と人間の文字をかわいく装飾した看板がさがっていた。
「これか」
「ですね。……この界隈にしては目立った看板ですね」
ドアにも星やらなにやらの装飾がゴテゴテと張り付けてある。しかし、どこにも明かりがない。先ほどの騒ぎで灯りを消したのか、それとももともと休みなのか。
トーマがノックをした。
無反応だった。
「いないんでしょうか」
と言いながら、何食わぬ顔でドアを開けた。
「あ、開いてますね」
ちょっと開いたのが分かると、そのまま一気に開け放つ。その次の瞬間。
「いらっしゃいませー!」
と元気のよい少女の声が響いた。
その部屋はお菓子のような甘い香りに包まれていて、部屋自体もなにやらお菓子のようにかわいらしかった。紫や群青色の布や壁紙で雰囲気を出しているようだが、小物はかわいらしい星や幻獣のモチーフで、キラキラしていた。
「お客さんですね。男性お二人は珍しい。私は占い師のロクシャーヌでーす。ささ、どーぞどーぞ。相性占いですか? お仕事? それとも恋愛? 恥ずかしがらずになんでもいってくだいねー。三十分お試しコースと一時間標準コース。二時間じっくりコースとありまして、個々にご相談に乗るなら個室もご案内できまーす。どうしましょどうしましょ?」
「……」
「……」
店の店主だろう、若い女の子がテンション高めに接客をしてくる。ロクシャーヌというらしい。本名かはわからない。長い髪を一つに括り、目から下を紫色の薄いヴェールで隠しているものの、神秘性を演出するには本人の性格がすべてを破壊していた。
「はーい、こちらのテーブルにどうぞ!」
白いテーブルに案内される。椅子も白いが、クッション部分は紫色だ。けれどかわいい。神秘性はない。かわいい。
テーブルの上には星の形のキャンディ。
「あ、キャンディ気になります? かわいいでしょ。どうぞー食べてくださーい」
「ど、どうも」
飴を渡されてトーマは気圧されながら受け取っている。副魔王も握らされた。
「それでですね! こちらが料金表! で、下に書いてるのができる占いの種類ですね。恋愛占いや仕事運、あと、まあ解呪とか解毒とかもできますけど……、ま、一番人気が高いのは恋愛占いですね。方法はカードに水晶、手相、星読みです。どれでなにを占います?」
「え、えっと……」
完全にトーマは相手のペースに飲まれている。占い師のペースというよりも、テンションの高い女のペースに飲まれている。
「恥ずかしがらずにどうぞ! 顔相占いもできますよー」
「顔相占い?」
副魔王はつい聞き返してしまった。聞きなれぬ言葉だったからだ。
「手相と同じように顔にも相があるんです。ためしに見てみましょうか」
いうやいなや、テンションの高い占い師は、副魔王がかぶっていた布をぱっとめくたのだった。
そして言った。
「うそ…………、……常軌を逸してる……やば」
常軌を逸してる、やば、とはどういうことだ。
副魔王はなんだか傷付いた。
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