第13話 副魔王 街で村人と会う


「なんだ、結構大丈夫そうっすね」


 にぎわっている街を見てトーマが楽観的に言った。確かに、先ほどまでいた層とは違い、こちらの層は活気に満ちている。

 けれどもトーマはすぐに声を低くした。


「なにを隠蔽しているんでしょうか……」


「気になるのか?」


「先ほどの光景を目にしてますからね。そりゃおかしいと思いますよ。変な噂もあるみたいですし。魔物ねぇ、……」


「この街を助けたいとでも考えておるのか?」


 副魔王は若い警察官に訊ねた。


「え? 助ける……?」


 トーマは目をまんまるくした。


「ああ」


「どうして、ですか? あ、いえ、助けたいという気持ちがないわけではないのですが、……なぜそのような質問を?」


 なぜかトーマは酷く狼狽していた。不安なのか、心の臓あたりに拳を当てている。


「単純なことだ。心配していたようだから」


「そりゃあ心配ですよ。関係ないわけじゃない所ですし、遊びにも来ますし……。しかし……」


 トーマは視線を下げた。


「助けたいと、考えたほうが……いいのでしょうか?」


「私は助けぬがな」


 すると、パッとトーマの顔が上がる。


「なぜです?」


 逆に問われ、副魔王は即答した。


「優先度が低い」


 そして、なによりこのような自然の摂理に介入するつもりはない。

 これが己の愛玩動物達のいさかいだとしたら、たしなめるし手を加えるだろう。だがここは自然界。


「……しかしサガン様、先ほど見たように、ここの住民の多くが魔物に襲われて、瀕死になっているらしいのですが?」


「しかし、それは私がやるべき最優先事項には載ってこない」


「ではサガン様の最優先事項とはなんなのですか」


「薬を仕入れ、村に持ち帰ることだ」


「……」


「私が世話になっている村の人間が、薬がなくなりそうで困っている。私はそれを解決するためにここに来たのだ。それが最優先事項であろう」


「……サガン様は、もしかして本官の心が同情に傾いていることに気がついていたのですか? それで、考えを正そうと?」


「そうではないぞ。目の前で同情を引く強い出来事が起こると、人間は本来の目的を忘れて、目の前のことを優先する傾向があると聞く。なので、お前がこの街をとても信愛しているように見えたので、確認をしたまでだ。この街を助けようと考えているのか、どうかを」


「……」


「この街を助けようとするのを否定はせぬぞ?」


 トーマは自然界の生物である。副魔王はこの場所の出来事に介入するつもりはない無いが、当事者であるトーマは、自ら解決へと動くことができる。


「……そうですね、正直にいいますと、あんまり魔物と戦ったりしたくないっすね。恐いし、死ぬかもしれないし。でも、本官は警察官であるので、人々を守る立場にある。兵士とは立場が違いますが、戦える術もある……。ですので、このまま見て見ぬふりをしていいものか。けれど、本官は、ヨタルの警官でなくヒヨリの警官で……、もしも殉死するのであれば、ヒヨリの命のためにすべきなのでは……と」


「そうか。であればこの街のことはもう考えるな。私はお前の身を案じている。さあ、薬を仕入れに行くぞ。あと村人の回収だな。それと預言者か」


「……。はい、そうっすね」


 弱き者たちが強き者たちに滅ぼされるのも、必死で抗うことも、自然の流れだ。直接介入はせず、高みからその流れを操るのが魔王であり、副魔王であり、海王であり天王である。

 命に優劣などない。みな平等である。殺されることも、滅ぼされることも、みな平等に与えられている可能性なのだ。

 例外は、愛玩対象であること。



 薬の仕入れは、村の問屋が行っているということで、ヨタルの街に足止めをくっている問屋の者と合流ができれば万事解決らしかった。


「俺、あんまり薬草に詳しくないんで、合流できなかったら自力で薬を手配できるか不安です」


「最優先事項は村の薬問屋の人間を確保することだな」


「はい……そうっす。まあ、別にもう薬なんていいような気もしてるんですけどね……、幸せだし」


 こやつ、そろそろ寿命が来るのではないだろうか。

 若くして死ねば骨も丈夫だろうから、ハイヤースケルトンの中でもクリスタルスケルトンあたりにまで磨き上げられるかもしれない。楽しみだ。

 未来のクリスタルスケルトンは賑わいの中を縫うように歩き、一つの商工会館に入った。

 そこには臨時の簡易宿泊部屋が開設されており、すぐに五名の人間が集まってきた。トーマと五名の人間たちは抱擁し、お互いの無事を喜んだ。そして中に探していた薬問屋もいたようだ。


「うちの母さんが材料が届かなくて困ってたんですよ!」


「すまん、薬局や病院は気がかりだったんだ。しかし、……すまない」


「一体何があったんですか?」


「何があったなんてもんじゃないよ。いきなりでっかい黒い魔物の群れが襲って来たんだ!」


「そんな……!」


「夜だったし、内側の砦にいたから近くで見たわけじゃないけれど、出入口の向こうに、見上げるほど大きくて黒い犬のような化け物を見たときには……、もう、死んだかと思った……。目の前でたくさんの人間は食われてるのを見たんだ……、あの赤い目で睨まれた人や動物が、魂が抜けたようにバタバタと倒れて……、吠えると周りの壁が崩れて……」


 よほどの恐怖だったのだろう。薬問屋は興奮し、しかし震えていた。

 黒い犬。

 しかも見上げるほど巨大で群れを成している魔物。

 副魔王の脳裏にはいくつかの種類が浮かんでいた。すぐに浮かんだ魔物は、死獣と言われる部類に属し、死に至る呪いを影にひそめている。自分の影が届くところの生物から、魔力であったり生命力を奪い、奪った相手を衰弱死させるのだ。赤い目は、目の合った者の動きを止める。


「この世界はおかしくなってしまったんじゃないか? この辺りにいる魔物と言ったらコボルトやピクシーのような小さなもので、人間を襲うことなんてなかったはずなのに」


「いても野生のイノシシのほうが危険なくらいだったのに」


「あんな化け物、見たことがない……」


 集まっている村人たちは今にも泣きださんばかりだった。

 コボルトのような小鬼はそもそもが独自の生態系を持っていて、人間とは生活空間が違う。人間にとってコボルトは、森の中でみるリスのようなものだろうし、コボルトにとっても、人間など森の中で見る害のないトロールのようなものだろう。

 平和極まりない場所だったのだ、この辺りは。そこに死獣の一種が群れを成して襲撃してきたとなれば、目の当たりにしたものは激しい恐怖を覚えるだろう。

 しかし、と魔王は首をかしげる。

 野生の死獣など、今はそんなにいるのだろうか。

 絶滅に危機に瀕しているはずだ。


「なあ、トーマ、ヒヨリは無事なのか?」


 中でも年老いた人間がトーマに訊ねた。


「無事だよ。だって、俺もここに来るまでそんな大事件になってるなんて思っていなかったんだ。村はいつも通りだ、平和だよ」


「そ、そうか……帰れるんだろうか?」


「あたりまえだってば。そのために俺が迎えに来たんだし、サガン様も来てくれたんだ」


「うむ、私が責任もって村まで送るぞ。村人たちにはとても世話になっている。これくらいの恩返しはお安い御用だ」


 副魔王が笑顔で答えれば、五名の村人は戸惑いを表情ににじませた。


「あ、そーか、みんなサガン様が来たときは村にいなかったんだな。この方はサガン様。一週間ほど前に村にお越しになって、灯台守の小屋に滞在しているんだ」


 トーマが紹介してくれると、みなの表情が和らいだ。


「よろしく頼む。難しいことを考えるのは苦手だが、これでも腕っぷしには自信がある。みなを無事に村まで送り届けるので、安心するのだぞ」


「はは、よろしく頼みます」


 年老いた人間がにこにことして頭を下げてくれた。それにならって、他の四名も頭を下げてから笑顔を向けてくれる。少しは信頼が得られたかもしれない。副魔王の胸が少しあたたかくなった。


「では、午後の馬車でヒヨリに戻りますんで、それまでに仕入れ品や荷物の整理をしておいてくださいね」


 村人との合流と予定を終えた後、トーマは次の目的地へを向かうと言い、副魔王に一枚の布を渡してきた。


「これは?」


「頭からかぶって、なるべく顔を隠すようにしてください」


「…………私の姿かたちは不快か?」


「そうじゃありません! 本官としてはサガン様のお顔を二十四時間三百六十五日眺めつづけて死にたいと思っております! 隠すなんてもったいない! そうではなく、……これから行くところはあまり良い場所ではないんです。なるべく自分の素性がばれないほうがいいんすよ」


 そう言い、トーマは足元まですっぽりと隠れるような、フード付きの薄茶色のマントを羽織ったのだった。

 そして建物の裏口から出て、人目を避けながら細道へと入ってゆく。

 一歩入れば、その薄暗さから、この町の裏の顔の部分なのだとわかった。

 看板なのか落書きなのかわからない模様が、煤けたレンガの壁に描かれている。枝分かれをしてゆく道をさらに進み、やがて細い階段を下りた。

 地下道が続いていた。

 そこには、足元に小さなランプが点々と置かれている。地上と同じく枝分かれした道はまるで迷路だった。

 トーマは迷うことなく道を進んで行く。

 そして随分と歩いた先で、一つの脇道へそれた。と思ったら、そこにはドアがあった。天井から魔法灯が一つ垂れている。


「ここです」


「なにがあるのだ?」


「魔鏡の預言者がいるんです」


「はあ。まきょうのよげんしゃ」


「鏡を使った魔術で、ありとあらゆるものを見通す魔女です」


「ほお」


「サガン様から没収した金銀財宝の価値を見てもらうために村へとお呼びしたんですよ」


「ほおー」


「二百年も生きている魔女ということです」


「ほぉ……人間なのか?」


 たしか人間は五十年くらいで死ぬと聞く。


「わかりませんが、もしかしたら魔族の類かもしれませんねぇ、まあ、魔法使いではなく、魔女と自称するくらいですから、ちょっと変なのかもしれません」


「へんなのか」


「普通じゃないっすね」


「大丈夫なのか? そやつは」


「さあ? でも、前の村長がやけに信奉してて、なにからなにまでここの魔女に相談していたらしいんで、今回もここにしようって即決しました。依頼料も激安ですし」


 色々と心配になる。だが、それこそがあの村の特徴なのかもしれない。みな、もう少しでいいので危機感と疑いの目を持つべきではないだろうか。

 まあ、だからこそ、天馬の子たちが選んだのかもしれないが。

 トーマがベルを鳴らすとドアが勝手にあいた。

 その向こうには、真鍮や銀細工が山のように積み上げられており、古めかしいランプの光に照らし出されている。真ん中にはくぼんだ空間があり、そこには、真鍮や銀細工に埋もれるようにのテーブルがあった。しわくちゃの布がこんもりと置いてある。

 いや、布ではない。

 ローブだ。その隙間に、しわくちゃの顔があった。


「おや、おかしなのが来たようだね」


 見た目とは裏腹に、良く通る声だった。赤い瞳がらんらんと副魔王を捕らえていた。

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