第10話 副魔王 村を出る
「ま、まままま待ってください、待ってください、なんで? どうして? どうして行っちゃうの?」
「何がお気に召さなかったんでしょうか! 直しますから! 直しますから、出て行かないでくださいよ! あ、もしかしてこの交番が男ばっかりだからですか? 本官がさえない中年男だからですか?」
人間にしてはかなり育っているであろう警察官たちが子供のように副魔王に縋りついてきた。顔面蒼白、今にも泣きだしそうである。
「いや、部長よ、別にさえない中年だとは思っておらんぞ。とてもかわいらしく思っておるぞ」
「か、かわっ」
中年の警察官は変な声で鳴いた。
「かわいいでありまするか、ほんかんが……」
「うむ。お前は猫が好きか?」
「ネ、ネコですか……? ごしょもうとあらば……」
「もしや犬派であったか? 人間は猫派と犬派に分かれると聞くが。まあ良い。子猫でも成猫でも老猫でも、オス猫でもメス猫でも、どんな猫でもかわいいであろう? 人間も同じだ。子供でも大人でもよぼよぼの老人でも、ちょっとでぶっちょなものもちょっとぶちゃいくなものも、オスもメスもかわいい。だから部長よ、自信を持て!」
「……、ちょっと失礼しますね」
中年の警察官はそっと交番に入ってゆくと、壁に鼻が付きそうなほどに近づいて直立した。
「トーマよ、あれはなにをしているのだ?」
「あれは地味に精神に来る罰です。己に罰を与えているのです……」
「……もしやちょっと腹周りに肉がついているのを気にしていたのだろうか? すまないことを言ってしまったかな」
部長が勢いよく振り返った。聞こえてしまっていたらしい、驚愕の表情を浮かべていた。
「部長よ、己への罰は後でやってくれ。今は少し、私の話を聞いてほしいのだ」
「……はい、仰せのままに」
副魔王は話しを進めるべく中年の警察官を呼び寄せた。
「今、この村には薬剤が足りないと聞いた。そこのトーマの実家では、薬の材料が足りず、トーマ自身も服薬できずに辛いと申していた」
それを聞いた部長は顔を手で覆い、膝から崩れ落ちた。
「わ……私も、そうにございます!」
「そうだったのか」
「はい、私も、今まさに吐くほどに飲みたい薬湯がございます!」
「それは辛いだろうに」
「辛いんだか辛くないんだか分からないくらいの状態です!」
「であるので、私がそれを調達して来ようと思うのだ」
「え、サガン様がですか?」
「うむ。こう見えて腕っぷしは強いほうだぞ。魔物だろうが魔族だろうが、ちょちょいと殴って退治してくれるわ。であるので、始まりの砦なる場所に行ってこようと思う。そのために村を出る許可を貰おうと思って来たのだ」
「いや、それはありがたいのですが、軟禁中の犯罪者をやすやすと外に出すわけにもいかないのですよ」
「うむ。それもだな、警官であるトーマが一緒であれば問題ないのではないかな? 監視役だ」
「いいですね! そうしましょう!」
トーマが勢いよく賛同の声を上げた。
「いやいやいやいや、トーマはこれから交番の日勤があります。村を守る警察官でありますから、その本来の職務を投げ出させるような真似はできません」
確かにそれには一理ある。
副魔王の監視は職務の一つであり、それが本来の職務というわけではない。
「ですので、ごほん、えー……本官が付き添いましょう。なに、これから帰宅ですのでね、ちょっと睡眠時間を減らせばいいだけの話しですから」
「部長。壁」
「……そうだな。ちょっと行ってくる」
部長は壁を向いて立ちに行った。
なかなか大変な交番である。せめてもう一人、交番勤務を増やしたほうがよいのではないだろうか。二人交代でも苦労がないほどに平和だったという証拠なのだろうが。
五分ほどして部長は壁との語らいを終えて戻って来た。
「少し考えました」
「ご苦労であった」
「物資もそうですし、村からヨタルへ行き、戻れずにいる村民が何名かいます。そろそろ路銀も尽きそうで困っていると連絡も入っています。また、預言者も来ません。その者たちを迎えに行きたくとも、民間人の外出は禁じられている事態であります。ですが、私かそのトーマのどちらかならば、警察官という身分ですので通行禁止の道も通れるでしょう。しかしこの村の交番はこの通り人手不足なので、ヨタルの警備兵に余裕ができたらば送ってもらうという手筈になっておりましたが……、もしも……、必ず帰って来ていただけるとお約束いただけるのであれば、トーマとともにヨタルに行っていただいても……構いません。いや、むしろお願いします。……帰ってきてくれるならば、行っていいですよ。ん? 申し訳ありません、本官、今自分の考えのなにが一番の主題なのかわからなくなっておりますっ、つらいっ、変なことを口走りそうな気がして不安!」
「ふむ、部長もトーマも、……早急に薬が必要なのだな」
「はい。まさに」
「まったくその通りです」
部長とトーマはほぼ同時に答えた。
「まああの薬が効いてるのかちょっと謎なのですがね」
「部長、それ母さんに聞かれたらぶっ飛ばされるので心の中だけにとどめておいてください」
「ああ、肝に命じた」
それから部長はどこかへ電話をかけ、トーマはいつもの警察の制服からコートににた裾の長い制服へと変えた。帽子もかぶり、腰には細身の剣をさした。
「おお、かっこいいではないか」
「そ、そうっすか? 照れるなぁ」
「うむかっこいいぞ。ふむ、トーマに比べて私の服はあまりにも平服だな。もっときちんとした服を持ってくればよかったかな」
「いえ、サガン様のその長衣姿は誰よりも素敵です」
「お、そうか? 実を言えばこれもお気に入りの一枚でな。チョーハを動きやすく改造して仕立てたのだ」
「チョーハという名前の服なんですか」
「ああ、昔はよく着ていた。忙しくなってから着ていなかったのだ。それにあまり……、優雅すぎるのか迫力がなくてな」
「迫力?」
「うむ。迫力こそが正義だったのだ。しかしまあ、辞めたので、今は迫力だとか強さだとか豪奢性だとかは関係ない。辞職をきっかけにまた懐かしい衣服に袖を通そうと……。あのころのデザインはずいぶん前に廃れたので、これは今風にアレンジをしている」
「そうなんすね。昔の服を着たサガン様も見てみたいですね」
「没収品の中にあるぞ」
「……よし、ではさっさと預言者を連れてきましょう!」
「よし、では行くか。フーリン、クーリン、出番だぞ!」
副魔王は嬉々としてかわいい天馬を呼んだ。天馬の力を使えばひとっとびだ。
「あ、サガン様、そのことなんですが、子馬ちゃんたちは連れていけないんす」
「は? なんだと?」
思わず素の声が出た。
目の前の青年がカチっと固まってしまった。
「あ、すまぬ。しかしなぜだ? どうして連れてゆけぬのだ?」
副魔王が優しく訊ねなおしても、トーマはかちりと固まったままだ。
しまった、石化している。
目の前てパチンんと手を叩くと、トーマの石化が解けた。しかし目をパシパシさせて空を見ていた。どうやら意識がうまく戻ってきていないようだ。
「部長よ、なぜだ、なぜクーリンとフーリンは連れてゆけぬのだ?」
部長は困ったように頬をかいた。
「あー、サガン様……、その子馬たち……翼がありますな?」
「当然だ、天馬だぞ?」
「魔物ですな?」
「そうだ」
「魔物は今、入れません」
「……なぜだ」
「外に、危険な魔物がいるからです」
「この子らは危険ではない。私が育てているのだ」
「ええ、ええ、私共もわかっております。クーリンちゃんもフーリンちゃんもとってもかわいい子馬ちゃんです。ですが、今ヨタルは厳戒態勢でして、魔物は中に入れられないのです。ですので、連れて行っても、城壁の外に首輪をつけてつながれるか、……没収されます」
副魔王はとっさに天馬たちを抱きあげた。
「ならぬ」
「ええ、ですから、ここに置いて行ってください」
「……ならぬ……一緒に連れてゆく……」
「没収されちゃいますから。ね、ここでちゃんと見ておきますから! 半日くらいで帰ってくるのですよね?」
「そうだが、そうだが! ならぬ。私はこの子らと離れぬ。連れてゆく」
「没収されて狭いケージに入れられちゃってもいいんですか?」
「それもならぬ! そ、それに、この子らは、役に立つのだ。馬車もひけるぞ。あの金品を積んだ荷馬車もこの子らがひいたし、空も飛べるのだ。この子らに馬車をひかせたら隣町になど一瞬だぞ」
「ああ、そうかもしれません。ですがね、なおさらいかんです、それは。魔物としての力を見せつけてしまうのは危険です。……今、ヨタルはピリピリしている。……サガン様、あなたの見た目も……見る者が見れば人間でないことはすぐにわかる」
「エルフに似ていると言われた」
「ええ、そう。そのエルフに似ている。魔族には見えないが、人間とはいいがたい。似ているのがエルフであったのは幸いです。人間性はエルフにたいして良い印象を持っているので。先ほど電話で、ハーフエルフと警官が行くと伝えてあります。ですからあなたは入れる。けれど、そのハーフエルフが魔物の子を連れていたら……あなたは、入れなくなるかもしれない。エルフには好印象でも、人間ではないので。最悪、捕まってしまう。そして、この村に軟禁されている犯罪者だということもばれてしまうでしょう。……それはあなたも、私たちも、この子馬ちゃんも、みんな困る。そうでしょう?」
「うむ、そ、そうだが……そうなのだがぁ……」
副魔王は天馬の子をぎゅっと抱きしめた。
「さあ、サガン様、その子馬ちゃんをお渡しください」
「ならぬ……」
「さあ、」
「ならぬぅ……」
部長はじりじりと迫ってきて、副魔王はじりじりと後退した。
「没収されて、オークションにかけられて、魔物マニアに売られちゃってもいいんですか?」
「そのようなものは殺すぅ……」
「さあ、……半日だけ、我慢しましょうね」
副魔王は泣く泣く子馬たちを交番に預けた。代わりにまだ空を見上げてぼんやりしているトーマを引き連れてゆくことになった。
「よいか? その子らはニンジンが好きだ。肉はまだ食べさせちゃだめだ。食べさせても鳥の丸焼きを半分だけだ。鳥の骨は食べさせるでないぞ? のどに刺さってしまうからな。たのんだぞ? たのんだぞ!」
町の門まで部長と数名の村人が見送りに来てくれた。天馬たちは状況が分かっているのかいないのか、村人たちの側でヒンヒンと楽しそうにいなないている。
「おみやげにニンジンを買ってくるからな! 良い子にしているのだぞ!」
「サガン様、大丈夫ですから。交番でしっかり面倒見ますから。だから早く行ってください」
副魔王はトーマを引き連れ、後ろ髪引かれる思いで、村郊外の馬車道駅へと向かったのだった。
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