第7話 副魔王 就活する



「聞きたいのだが、金を稼ぐにはどうしたらよい?」


 副魔王は金を得るための仕事をこれまでしたことがない。仕事が先にあり、そこに報酬がくっついていていた。副魔王に給料が出るという仕組みができたのは、ここ最近のことであった。そもそも、金などなくとも衣食住と贅沢や娯楽には困らなかったし、考えてみれば衣食住にさえも金をかける必要を感じないのだった。

 森に住み、泉のそばで暮らし、その時々の森の恵を得ていれば、時の流れなど感じずに数千年を過ごせるだろう。


「もしや……お仕事、されたことが、ない?」


 若い警察官がまさかと驚いている。


「いや、仕事はしていたぞ。だから退職金も出るのだ。しかし、……金を稼ぐという状態が理解できておらぬ」


「金を稼ぐ状態を理解していないということが本官には理解の範疇を越えております……」


「なんと。それは困った」


「いえ、想像はできます。はい、容易に想像ができます。ですが本官のような庶民には持ち合わせていない感覚ですんで、金を稼ぐことをどうお伝えすれば理解してもらえるか……」


「通貨でもって生活がなりたつ仕組みのなかで暮らすには、金が必要であろう? しかし今、私の資産が使えぬ。換金できそうな品はあるが、それも今は没収されておるしな。そもそもあれらに値段がつけられるのかどうか謎であるが。ともかく、私は今無一文だ。それは困る、……困る、のだろうな? きっと」


「ええ、無一文は困りますね。はい、それは困る」


「であるので、金を稼ぎたいのだが。どうすればよいのだ?」


「なーるほどね。なーるほど。はい。そもそも、軟禁中の犯罪者が仕事をできるかどうかから考えないと駄目っすね」


「軟禁中だと金を稼ぐことができぬのか! それは知らなかった。軟禁などになるのではなかったな」


「いや、軟禁になるとかならないとか、命じられる側が選べることじゃないんですけどね。っていうか、たぶん普通なら軟禁で済む話じゃない気がしてきましたよ、今更ですが。やっと魔法が除去されてきたかな?」


「なにか魔法にかかっておったのか? 解除してやろうか?」


「……天然ですか、このヒト」


「私は魔法は使えぬが、たぶんできるぞ。お前にはとても世話になっているからな、なんでも申せ。力をかそう」


「魔法が使えないのにすごい自信!」


 警官は呆れたように笑った。

 副魔王は本当に魔法などというものが使えなかった。魔法というものは、魔の力を呪文や術式でもって整え発動させる仕組みだ。

 副魔王にはそのような仕組みは必要ない。それだけのことだ。


「軟禁中でも仕事ができるかどうか部長に確認してみますね。一度派出所に行きましょう」


「うむ。ついでに、没収品を一つ換金に回せないかも聞いてみようと思う」


「たぶん無理っすねぇ、それは」


「そうか。やはりか」




 銀行から派出所はとても近かった。

 途中で人々に話しかけられなければ、ものの数分で到着しただろう。しかしながら、副魔王はちょっと歩けばすぐに話しかけられる。子馬は愛でられ、なでられ、子供につかまればまたがられた。足を止めざるをえなかった。


 そしてやっと交番に辿り着くと、外から丸見えの場所で中年の警官がなにやら電話で話し込んでいるのが見えた。

 副魔王は邪魔をしないように外のベンチに腰を掛けた。若い警官は交番の中に入ってゆく。

 電話はかなり長く、天馬の子たちは飽きてしまって昼寝を始めた。

 うららかな昼下がりだった。


「やや、お待たせしました」


 電話を終えた中年の警官がにこにこしながら外に顔を出した。


「うむ、構わんぞ」


「さあ、どうぞお茶でも」


 昨日括りつけられていた椅子に副魔王は座り、出された冷たい茶をいただいた。


「うちの若いのがご迷惑をおかけしてませんかね?」


「あの者はとてもよくやってくれている、ありがたい」


「であれば一安心です。えー、で、軟禁中に仕事ができるか、ですか」


「うむ。銀行で退職金を引き出せなかったのでな」


「軟禁中の生活費は、税金から出ますが」


「む?」


 言っている意味が分からず副魔王は首を傾げた。


「刑務所や留置所にいる犯罪者や容疑者の衣食住は税金があてられますので、軟禁中でもそれは、ええ、もちろん適用されますが」


「そうなのか?」


「ええ、ですので、……必要最低限と定められている物資はこちらから提供したします。それ以外になにか必要なものがありましたかね? あ、子馬ちゃんの餌代でしたら、おまけしますが?」


「なんと。ニンジン代もか? あの子らはニンジンが好きでな」


「もちろんですよ」


「おお、ありがたいな!」


「それ以外にはなにが必要でしょうか?」


「それはな、……。人間よ、部長と言ったか? お前が今日、私の小屋に来るとあの若い警官に聞いてな、それでなにかもてなそうと思ったのだ。しかし、もてなしたくとも茶はおろかぶどう酒さえもないことに気付いた。私はせめてぶどう酒くらいは出したいのだ。そう思っている。……それに、村の人々にもよくしてもらえた。なにかお返しの品を送りたいのだ。それをまさか、人間たちの税金で賄うわけにはゆかぬであろう?」


「そ、そんな……本官を、もてなしてくださるために、……お仕事をお探しに……」


「うむ、もう宴などは開けぬがな。せめてな、ぶどう酒は出したいな」


「ワインでおもてなしくださると……? 本官めにそのようなお心遣いを……?」


 中年の警察官はなにやら涙をためて震えはじめた。いたく感激しているようだった。副魔王には、なぜこのような反応をするのかわからなかった。

 もしかしたら、この者は冷遇されているのかもしれない。

 そう思い至った。

 同じく部下を持つ身。昨日、副魔王を辞めた理由を伝えたときも「わかる」と共感していた。

 そうか、私とおなじ境遇、いやぶどう酒すら出されぬ冷遇を受けていたに違いない。

 

「もちろんだとも、お前と様々な話をしたいぞ、部長よ」


「あ、ありがたき幸せ……」


「語りあかそうぞ」


「恐悦至極にございますぅうう」


 中年の警察官は涙を流して平伏した。

 よほど仕事がつらいのであろう。副魔王はその背をそっと撫でてやった。


「あー、盛り上がっていることろを申し訳ないんすが、……結局、軟禁中の仕事はだめってことですかね?」


 奥の部屋にいた若い警察官が、冷たいまなざしを向けて言った。

 すると中年の警察官がパッと体を起こした。


「基本はな。しかし、仕事をしたいという気持ちを汲みたい。なにか丁度良い内職がないか村長に掛け合ってみよう」


「おお、それはありがたい。で、お前と預言者とやらはいつ来るのだ? 今日の夕方か? それまでにぶどう酒代が手に入るであろうか?」


「ああ、そのことですが、実は預言者が引き返してしまって、いつ来るかわからんのですよ」


 交番内に沈黙が訪れた。


「なぜだ? その若者から聞いたが、近くの大きな街からくるゆえ、半日あればつくのではないか?」


「ええ、通常であれば。なんでも、出発したものの、魔物に襲われて命からがら逃げかえったのだそうです」


「魔物に? お守りがあれば子供一人でお使いに出られるほどに安全ではないのか?」


「え、ええ。通常であれば……。おかしなことに、異様に強い魔物の集団がこの辺りに出没したようで、厳戒態勢が敷かれました。ですので、……預言者はおろか、この村にはしばらく人が出入りすることができないと思います……」


「なんと。……それは……、大変な事態なのでは、ないか?」


「ええ、大変な事態、……です。はははは、困りましたなあ」


 大変な事態であるのに、警官はあまり実感がなさそうに答えた。

 若い警察官も


「それ、危険っすね、やばいっすね」


 と、まるで他人事のような口ぶりだった。


 副魔王が感じるに、この村の人間たちはとても弱い。平和になれすぎてしまっている。周りの魔物が最弱ということもあってか、村の守りもほとんどしていないように思えた。

 なにせ、見ず知らずの副魔王を快く受け入れるくらいだ。心優しい反面、危機感が非常に薄い。

 強い魔物の集団がこの村に来ることはないだろう、そう考えているのだろうか。


「この村に軍人だとか警備兵だとか、そうだな、勇者を目指す腕っぷしの強い戦士とかはいるのか?」


「いないですね。まともに戦えるのは本官たち警察官くらいっすよ」


 若い警察官は自分を指さした。


「警察官は何人いるのだ?」


「二人だけっす」


 大丈夫だろうか、この村。

 副魔王はこの村に来て初めて不安を感じた。





 日没後、交番。

 若い警官があの不可思議な人外の小屋から戻ってきた。中年の警官はさっそく首尾を訊ねた。


「あの若者はどうだった? 理解してくれたか?」


「ええ、食事はその都度こちらが手配して運ぶことと、お茶やちょっとした甘味類もその際に提供することをお伝えしてます。貯蔵用の食材も少量であれば提供できるとも」


 しかし、警察で用意しなくとも、村民たちが嬉々として差し入れに来るだろうと若い警察官は予想していた。

 なにせ自分も、母にお願いして朝ごはんを用意したのだから。


「けれど、客をもてなすための嗜好品は自分の手で稼いだ金で賄いたいと、譲ってくれませんでした」


「ああ、そのお心遣いだけで充分だというのに」


「……部長」


「……」


「……大丈夫っすか」


「……私も対テロ用魔法耐性強化の腕輪、つけたほうがいいと思うか?」


「……思います」


「……そうか」


「……はい」


 中年の警察官は、部下の前でそっと腕輪を装着した。それを見届けた部下は、無言で聖水入りの薬湯を出した。



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