第3話 副魔王 捕まる
そこは小さな村だった。
遠くに山脈が見え、主に小麦の生産が収入源で、近くに海があり、そこそこ漁獲量のために農家に次いで漁師も多く、学校があり、教会があり、病院があり、銀行があり、人間が住むごくごく普通の田舎町だった。
その町の上空に突如としてまばゆい光が出現した。
なんだあれ! と最初に声を上げたのは学校帰りの子供たちで、それとほぼ同時に大人たちもまばゆい光を見上げ、建物の中にいた多くの人間ががやがやと道に出てきたのだった。人々は恐怖と好奇心に満ちた目でそれを見ていた。逃げる者はいなかったが、身構える者は多く、武器を携帯しているものはそっとそれらに手をかけていた。
その奇怪な光はゆっくりと地面に向かって降りてきた。
かと思うと、あと数メートルいうところでいきなり
どぉん!
と、地響きを鳴らして落下、いや着地したのだった。
悲鳴が上がり、腰を抜かしたり逃げ出したもの者がいたが、豪胆なものたちは一歩前にでて、舞い上がる土煙に剣の切っ先を向けた。
「は~、ここか、フーリン、クーリン」
舞い上がった土煙の中から現れたのは、荷馬車に金銀財宝を積んだ青年。
「おや、お出迎えかな?」
青年は周囲を取り囲む人々を見まわし、端正な顔でにっこりと笑い、ご苦労、とねぎらいの言葉を紡いだのだった。
副魔王 捕まる
「ちょっと理解が及ばないのだが」
副魔王は小さな派出所の椅子に括りつけられていた。
交番というやつだ。入口のドアは開けはなたれていて、副魔王の姿は外から丸見えで、交番の周りにはやじ馬ができていた。
「なぜ私はこんな仕打ちを受けなければならないのだろうか?」
すると、テーブルをはさんで向かい側に座る警察官と思しき人間が、ため息交じりに答えた。
「あのね、お兄ちゃん。そりゃあいきなり魔法で街中に突っ込んできたら、本官も一応捕まえなければいけないんだよ」
「つまり私はなにかの規律を乱してしまったということだろうか?」
「そう、物分かりがいいね。ところでね、あの荷物は何だい?」
交番の外には二頭の天馬の子と、その子たちがひいていた荷馬車がある。
ホロをつけていないので、荷物の大半が丸見えの状態だ。
おそらく人間はあの荷物のことを訪ねているに違いない。
「あれは私の私物だ。家出をしたのでね、持ってきたのだよ」
「そうかい。うん、本官も一応魔術をたしなんでいてね、一応その辺の魔法使いよりも腕はいいつもりだよ。あと剣術もね、警察官になるくらいだからそこそこできるし、武術もね、一応これでも国の大会では本選に出場するくらいの腕なんだよ」
「それは素晴らしいな」
「だからね、本当のことを言ったほうがいいよ? 盗品だろう?」
「盗品ではない。あれは私が命じて作らせた品々だ。その中でも特に出来の良い物を選んで出奔してきのだ」
「出来の良さは本官の節穴の目でも一発で分かるくらいだ、そりゃあお高いんだろうね?」
「値を付けられるものではないだろう」
「うん。そんなたいそうなものをどこから盗ってきたのかな? 魔法で自白させられたいかな?」
「ほう、自白魔法などというものがあるのか。丁寧なのだな、人間とは。目玉の一個でもくりぬいてやれば自白くらい簡単にするだろうに」
「恐いこと言うねこの子は。おじさんちびりそうだよ、あっはっは。どこから持ってきたんだい?」
「どこからといわれれば、魔王の城からかな」
「あっはっは。おじさんのお腹がちぎれそうだよ」
「ほう、それは面白い見世物だな。よし、ちぎれて見せろ」
「あっはっは。ちょっと誰か代わってくれないかな? コワイわこの子。ずっとにこにこしてるんだけど」
警官はくるりと部屋の奥を見たが、答える者はいなかった。
「……、いない、か……」
「人間よ、私はお前たちに危害を加える気はないぞ」
「そうなのかい?」
「うむ。私は昨日、ついに仕事を辞めてだな、家も出たのだ」
「……そうなのかい。若いのに……」
「そう若くはないが。まあ聞いてくれ」
「え、聞くのかい? こっちが」
「うむ、人間よ。私はな、長いことしたくもない雑務に追われ、昼夜問わず働いてきた。それであるのに、周囲から感謝されるどころか煙たがられていた。それでもう何もかも嫌になった」
「わかる」
「だからすべて放り投げてここに来たのだ」
「羨ましい」
「もしもあの荷物を盗品だと疑うのであれば、そう盗品として扱い没収してもいい。なんならお前に与えてもいい」
「賄賂宣言はよせ、民衆の前だぞ」
「あれはやるから私をしばらくここでのんびりさせてくれないか」
「……牢屋でか?」
「牢屋か。悪くない。そうだな、五十年ばかし休ませてくれ」
「いや、困る。五十年とか困る」
「困るか……」
「悲しそうな顔するな。なんなんだ」
「なら十年で我慢しよう」
「我慢するのこっち。我慢するの収容するこっち、それ」
「ではどうすればいい?」
「あー、そうだな……えっと、あれが盗品かどうか調べるまでの間、この村で軟禁でどうだ?」
「軟禁か。悪くない。五十年ばかりでいいか? 三百年くらいいるか?」
「なにこの子」
「では、失礼するぞ。盗品かどうかわかったらば知らせにくるがよい」
副魔王は上機嫌で立ち上がった。その拍子に体を縛り付けていた紐がぷちっと切れてしまった。
「すまない。備品を壊してしまったな……、おいくらだろうか。あいにく人間世界の通貨を持っていないのだが……、ここには通貨引き出しシステムは通っているだろうか」
「……、……いや、大丈夫だ」
「いや、大丈夫ではなかろう。余計な経費を使わせてしまうのは心が痛むのだ」
「大丈夫だ。大丈夫。大丈夫。どうかこの町でごゆっくりとお過ごし下しださい」
急に警官がぶるぶると震えだした。
「そうか? 悪いな。では、連絡を待っている。ああ、あの子馬は連れて行っていいか?」
「はい、どうぞ!」
「よかった、あの子らは私が愛情をこめて育てているのだ。かわいいだろう? なでてよいぞ」
「は、ははぁ」
副魔王はいたく機嫌がよかったので、かわいらしい天馬の子馬を人間になでさせる許可を与えた。
警官はなにやらまだ青ざめていたのだが、そのなでる様子を見て、子供たちがゆっくりと近づいてきた。
どうやらみな、子馬をなでたいらしかった。
「ね、ねえ、お兄さん……私も撫でたい……」
「うむ、いいぞ」
「私も!」「ボクも!」「僕も!」
「うむ、いいぞ」
副魔王が許可を出すと、あっという間に子供が集まって来た。
それを見て、母親と思しき者たちもやってきて、最後にはやじ馬のほとんどが天馬の子馬を鑑賞しに輪を作った。
「ねえねえお兄さん、このお馬さん小さいね! 私がまたがってちょうどいいくらいだよ! つま先ついちゃうよ!」
と、人間でいうところの五歳くらいの女の子がフーリンにまたがって副魔王を見上げた。
「うむ。ずんぐりとしてかわいいだろう?」
するとそばにいた別の女の子が言った。
「おもちゃみたいにちいさいね! 足が短いなぁ。お目目がおっきい!」
男の子が目を細めて翼をなでている。
「この羽本物だー。つやつやだー」
もっと小さな男の子が目をキラキさせていた。
「ぬいぐるみみたい。かわいいなぁ、かわいいなぁ」
「ねえパパ僕もあのお馬さんと同じの欲しい! ほしーいー!」
人の輪の中から半泣きでねだる声も聞こえる。
小さい子たちが戯れる姿はとても癒される。副魔王はさらに上機嫌となった。
フーリンとクーリンが選んだ場所なので、おそらく幸福に満ちた場所なのだろう。天馬は幸せを見抜き、汚れを忌む。特に子馬は清い場所を好む。
しばらく骨休めをするにはもってこいの場所であるのは間違いなかった。
「は~、ここ、どこなんだろうなぁ。……いや、気にするのはよすか……」
のどかな麦畑の風景に、木々の間から微かにみえる海。悪意の少なそうな人間たち。
五十年くらいといわず、五百年くらい軟禁されようか。
副魔王は、私疲れてるんだな、と思いつつ、目を細めて弱き人間たちに癒しを感じたのだった。
交番の中。
一人の中年警察官が震えていた。
「そんなばかな……」
「部長、どうしたんですか」
若い青年の警察官が、先輩であり上司でもある警察官の異変に気が付いた。
「これをみろ……」
「捕縛縄……、切れてる……?」
「ああ。あの若者に使ったんだが」
「え、これを人間に使ったんですか! これって凶悪犯か非人間用でしょう?」
「しっ! 声がでかい……、あの若者は人間ではない……」
「……本当ですか」
「よく見ろ。おそらく精霊かなにかの血が混じっている、それも、かなり高位の……」
「だからといって、この捕縛縄を使うのは権利違反なんじゃ。隷属機能が付いてますよ」
「あれだけの窃盗犯だぞ。自白させるには隷属させたほうが手っ取り早いだろうが……」
「……上に知られたら大変ですよ」
「ああ。知られたら大問題だ……、これをな」
警官たちは、上級魔族さえも拘束し隷属させる魔具を見て、さらに顔を白くさせた。
それはいともたやすくちぎれている。
ちぎった青年は無傷で、今も子供たちと笑顔で戯れていた。
「部長……、あの青年は……」
「わからん。深くかかわるな……。なるべく……そっとしておけ」
「いいんですか……」
「あとは、預言者に依頼する。明日にでも村へ来てもらい、あの青年の正体を探ろう」
「……はい」
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