第22話 とりあえず逃げる
『おいおい、いきなり力尽くかよ』
俺はエルナに剣を向けたダリウスを視界に入れながら呟いた。
勇者らしくない対応だな。
それだけ必死ってことか?
しかし、聞いた通りなら魔王を倒すということさえ叶えれば、そこまで賢者の石に拘る理由は無いはずだが……。
そこら辺をもうちょっと突いてみるか。
俺はまたエルナに言葉を代弁してもらう。
「ま、待って下さい! 私は賢者の石に操られてなどいません。それに魔王を倒すことはあなたにとっても不利益なことではないはずです」
するとダリウスは冷静な態度で答える。
「ええ確かに、誰かが倒して下さるならそれは僕にとってもありがたいことです」
「じゃあ……」
「問題は君が賢者の石の力に飲まれていることです」
「え……」
「賢者の石を独占したい。誰にも渡したくない。それが無くては私は私でいられない。それが私をどん底から救ってくれたもの。恐らく、そういう状態に陥っているんじゃないんですか?」
「そ、そんなことは……」
「それでは賢者の石の力を発揮できないどころか、悪い方向へ暴走させてしまい、いずれは世界を破滅に導くことになる。だけど、神託を受けた僕ならばそれを上手く扱うことが出来る。だから渡して欲しいと言っているんです。でも、それももう手遅れのようですが
……」
「……」
彼の言葉を受けて、エルナは沈鬱な表情を見せる。
このままじゃ完全に向こうのペースだ。
『おい、なに落ち込んでんだ。しっかりしろ』
「だって……」
『だってもクソもあるか。忘れたのか? 魔法が無かった過去の自分を。魔法を求めたのはお前自信だ。魔法は望めば必ず応えてくれる。魔法はお前を裏切らないんだからな』
エルナはハッとなる。
『行けるか? とりあえず……逃げるぞ《・・・・》』
彼女は頷く。
ここはひとまず退散するのが得策だ。
勇者と正面からやり合ったとなれば、それこそ悪評の上塗り。
完全に言い逃れが出来なくなってしまうからな。
問題は、どうやって逃げるかだが……。
『正面は遮蔽物の無い砂漠。到底、逃走には適さない。となると逃げ込み易いのは元来た森の中だが、そこへ辿り着くまでの隙が欲しい。やれるか?』
「はい、多分」
答えたエルナはすぐさま実行に移した。
素早い動きで後方へ飛び退き、距離を取る。
その速さ、身のこなし、跳躍力、全て一人の少女の身体能力を軽く超えている。
それは本来身軽なエルフ族もであっても、普通じゃない瞬発力。
そう、魔法の力だ。
彼女は俺が渡した魔力を使って脚力強化の魔法を使用したのだ。
聴覚を強化して獲物を探知した時のことをちゃんと覚えていて、それを別の部位に応用してみたという訳だ。
身体強化魔法を使いこなせているようで、師匠としては嬉しい限り。
エルナはそのまま背中にある木弓を取り、矢をつがえる。
この一連の動作に対し、ダリウス達は一瞬驚いたものの、すぐに警戒態勢を取る。
「やはり本性を現したようですね」
確信の眼差しがエルナに向けられる。
だが、彼女は戦う為にそうした訳ではない。それはあくまで逃げる為の準備だ。
俺には彼女の考えていることが分かる。
恐らく、
砂のベールが辺りを包んでいる間に逃走しようというのだ。
しかし、矢を放つには対象が近すぎる。だから自分達も巻き込まれないように距離を取ったのだ。
彼女は圧倒的な速さで魔法式を組み上げる。
すると、矢尻の周りに魔力の風が逆巻き始める。
「なっ……なんだ、この凄まじい威圧感は……。まるで魔力の嵐……。それがあんな小さな木弓から……。魔法が得意なエルフでもここまでのものは……。これが賢者の石の力なのか……?」
ラウラは、巻き起こる風に顔を歪ませながら、信じられないといったような表情を見せていた。
エルナは彼女の動揺に構うことなく矢を放つ。
空気を劈く音を轟かせ、旋風の矢がダリウス達の足元を目掛けて飛ぶ。
だがそこでダリウスは避ける訳でも、立ち向かう訳でもなく、ただゆっくりと片手を水平に上げる。
次の瞬間、矢が地面を抉る直前で、四散した。
「っ!?」
エルナは思いも寄らない結果に絶句した。
ダリウスが手から放った見えない圧力のようなもので、魔法の矢が弾け飛んだのだ。
しかも砂煙も立たず、辺りは澄んだ空気に満ちている。
お……無力化したのか?
でも、どちらかというと同等の力で相殺したようにも見えたが……。
俺がその魔法の正体を探る中、エルナは呆然と立ち尽くしていた。
「まだ、そこまで賢者の石の力を使いこなせていないようですね。だったら今のうちが好機でしょうか」
今度はダリウスが攻勢に出ようとしていた。
傍にいたラウラに目配せすると、自身は剣を構えたまま一歩一歩ゆっくりとエルナとの間合いを詰め始める。
それでようやく我に返ったエルナは、焦ったように距離を取り、腰にある矢筒に手を伸ばす。
だが、その手が宙を掻いた。
「……!」
彼女はすぐに察した。
矢が尽きた――と。
――まずい。
そんな表情を見せた次の瞬間、彼女の真横にフッと銀色の甲冑が現れる。
「……っ!?」
それはラウラだった。
まるで瞬間移動でもしたかのように突然、間近に現れた彼女。
その気配をエルナは察知し、視線を真横に向けたが、体が反応仕切れず、動かない。
まさかあの重そうな鎧で、これほどまでのスピードで間合いを詰められるとは思ってもみなかったのだろう。
「すまない。言い分は王都で聞こう」
ラウラは真摯に告げると、既に抜かれている長剣の柄をエルナの背中目掛けて打ち下ろした。
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