第21話 欲する者、拒む者



 なんてこった。


 それが今のこの状況を招いていると思うと、なんともやるせない気持ちになるが、あの時はああするしかなかったのだから仕方無い。


 しかしそんな誕生の史実が残っているということは、俺が魔力を放出した行為は賢者の石の歴史に於いて想定内ってことなのか?


 良く分からんがとにかく、奴には居場所がバレる可能性があるということが分かっただけでも収穫有りだ。


 それでも魔力探知の範囲は限られているようだし、使える人間も少ないって話だから、それを踏まえた上での行動を意識した方がいいな。


「今の話ですと賢者の石の魔力波形に近い《・・》ってことですよね? 近いだけなら間違いってこともあるんじゃないですか?」

「そうですね。でも、それだったら可能性は全て潰して行く必要があると思いますが?」


「……」


 言い逃れは出来ないってことか。

 どんな言い訳を連ねても、彼らは実際に俺を手に取って調べなければ納得はしないだろう。疑われてしまっている時点で、既に衝突する運命にある訳だ。


 それに拒んでる行為そのものが賢者の石だと言ってるようなもんだしな。

 それらを踏まえてエルナに指示する。


「じゃあこれが例えば本当に賢者の石だったとしたら、預かって保管すると言っていましたが、その場合、あなた達が石の力に魅了されてしまうってことはないんですか?」

「その発言は、それが賢者の石だと認めたということでいいでしょうか?」

「例えばと言いました」


 ダリウスは微笑する。


「いいでしょう。その話ですが、可能性はあるでしょうね。実際、このセラディス周辺の国々は賢者の石の出現に目の色を変えて既に動き出していますから。ですが、出現してしまった以上、どこかに保管しなければ争いの火種になる。ならば魔法に関して熟知している国、セラディスが妥当なのではないかと考えた訳です。ね?」


 ダリウスは言いながらラウラの方の目を向けるが、彼女は堅い表情を保ち続けるだけで特に反応を示さなかった。

 そこへエルナが、


「でもそれは詭弁じゃないですか?」

「ほう、というと?」

「色々言ってますが結局、セラディスも力を欲しているということじゃないでしょうか。ようは、あなた達も既に賢者の石に魅了されてしまっているということです」


「なるほど、賢者の石を気に掛けているという時点で、少なからずそういう部分もあるかもしれませんね。でも僕はセラディスの人間じゃないんで。彼女達とは別に神託を受けた勇者としての使命がある」

「使命?」


「魔王の討伐です」

「……!」


 魔王という言葉にエルナの体が一瞬、硬直したように思えた。

 そして俺も似たような反応をしてしまった。

 俺の場合は恐れというよりも、感動に近いものだが。


 魔王だって!?


 歴史の記述の中でしか出てこない伝説級の存在じゃないか。

 そんなものがこの世界には実際にいるのか!?


 いや……良く考えたら魔物がいるんだから魔王がいても不思議ではないな。


 それでも、とにかく魔王がいるっていうのなら、この目で見てみたい。

 闇の魔力を持った魔物達の王だ。さぞかし、すごい魔力の持ち主に違い無い。

 どんな強さなのか、どんな力を使うのか、どんな魔法を使うのか、湧き出した興味が止まらない。


 俺がそんな事を考えている最中、ダリウスは話を続ける。


「最近、魔物の活動が活発になってきているのは知っているでしょう? 魔王の復活が近い証拠です。だから、そうなる前に賢者の石の力で完全に封印する。それが僕が石を欲する理由です。だから決して私利私欲の為に得ようとしている訳ではない。世界の平和を保つ為に必要なんです。君があらゆる生命の平穏を願うなら、どうかそれを渡して欲しい」


 ダリウスは真剣な眼差しで訴えてくる。

 確かに彼の言う通り、魔王を討伐するには大きな魔力が必要になってくるのかもしれない。


 だが、俺には一つ疑問がある。


 魔王の討伐に賢者の石が必要だと言うのなら、別に勇者じゃなくてもよくね?


 巨大な魔力の器を持つエルナと、賢者の石こと元大賢者の俺なら、勇者の手を借りなくても魔王を倒せるんじゃないだろうか。

 彼がエルナ以上の器の持ち主って言うんなら分かるが、あれを超える者なんてそうはいないだろう。


「素直に渡してくれるならば、悪いようにはしません」


 ダリウスは更に押してくる。

 エルナはというと、渡したら二度と返ってこないような気がしているのか拒むように顔を背ける。


「ど、どうしたら……」


 そんなふうに思わず口に出してしまう。

 だから俺は言ってやった。


『魔王は私が倒します! そう言ってやれ』


「ええっ!? 私が!?」

「?」


 急に脈略の無いことを口にした彼女のことをダリウスが不思議そうに見ている。


『エルナにはそれだけの力があると俺は思っている。もし魔王というものが、それすらも超えてくるような存在なら逆に天晴れというか、諦めが付く。それにあの勇者にとっても別に困るようなことじゃないだろ? 代わりに倒してやるって言ってるんだからさ』

「そんな……無茶苦茶ですよぅ……」


『大丈夫、俺とエルナならきっと上手くやれる』

「もう、そんなこと言って……本当は見たことも無い強大な魔法に出会ってみたいだけなんでしょ」


『確かにそれもある。だが、俺はエルナと一緒にやりたいんだ』

「むぅ……」


 彼女は困ったような顔をしつつも、そこには嬉しさも介在していた。

 そんなエルナの様子をずっと見ていたダリウスは、さすがに不審に思ったのか声を掛けてくる。


「先程から何を? 独り言ですか?」


「へっ!? いや、あ、ああ……そうです! 独り言です! 色々考えると口に出ちゃう癖があって……えへへ……」

「……それで、答えは出ましたか?」


 エルナは一度、深呼吸すると、ゆっくりと口を開く。


「ええ、出ました。……渡せません」

「ほう……それは何故にですか?」


「それは……私が魔王を倒すからです」


「……」


 ダリウスは最初ぼんやりと聞いていたが、その内に何かが込み上げてきて、遂には吹き出した。


「はっはっはっはっ、まさか、そう来るとは思ってもみませんでした」


「……」


 あまりに彼が笑うものだから、エルナの顔が赤くなる。


「ああ、これは失礼。でもまあ、それだけ大きな力を手に入れれば驕り高ぶる気持ちは分かります。世界に敵などいないと思えてくるでしょうからね。しかし、その感覚が危険なのです」


「?」


「残念ですが……」


 そこでダリウスの顔付きが、今までの穏やかなものから鋭いものへと変わった。


「どうやら既に、賢者の石の力に取り込まれてしまっているようですね」


 そう言うと、腰にある青味を帯びた剣を抜き放ち、その切っ先をエルナへと向ける。



「っ!?」



 彼女もいきなりそんな展開になるとは思ってもみなかったようで、体が硬直してしまっていた。


「できるだけこういう手荒な真似はしたくなかったのですが……仕方ありません」


 構えを取った勇者の顔には、どこか試すような笑みが浮かんでいた。

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