第20話 遭遇
「探すのに苦労しましたよ」
銀髪の少年はやれやれといった感じで大岩の上から飛び降りると、俺達に向かって歩いてくる。
それに対し、何か嫌な予感がしたのか、エルナは反射的に後退った。
その様子を見た少年は、「あっ」と思い付いたように一旦、歩みを止める。
「ああ、自己紹介をしてませんでしたね。だったら警戒するのも無理は無いか」
すると彼は、後ろから続いて降りてきた女性剣士が傍に来るのを待って語り始めた。
「僕の名前はダリウス・クラウゼン。人は僕のことを勇者とも呼びます」
「勇者……!」
「と言っても信用出来ないでしょうから、この
そう言って腰に下げている剣を指し示す。
「……」
良く知れた人物なのか、エルナはやや呆気に取られた様子だった。
ってか、この世界には勇者なんてものがいるのか……。
見た所、まだ十六、七の少年って感じだが……。
そのことも含めてエルナに色々尋ねたいが、この状況じゃ……ちょっと難しいか。
とりあえず彼の話の内容から、俺達に何らかの用があることは間違い無いようだが……情報が少なすぎて判断に困る。
ここはもう少し様子を探ってみるか。
「それでこちらは――」
少年が紹介するより早く、傍にいた女性剣士が前に出てくる。
その面持ちは、手入れが行き届いた鎧と同様に凛としていた。
「ラウラ・グリューネヴァルトだ。セラディス魔法騎士団、第七騎士隊の騎士長を務めている」
「セラディスの……魔法騎士団……!」
その名を聞いて、エルナはまたもや呆然とした。
『知ってるのか?』
俺が接触通話で尋ねると、彼女は気付かれないように小さく頷き返してくれた。
ただそれが、どの程度知っていて、彼女にとってどんな存在なのかは、それだけでは分からない。
「いやー、でも良かったですよ。野盗の類いではなく、こんな可愛らしいエルフのお嬢さんで。出来るだけ面倒なことは避けたかったのでね」
ダリウスと名乗った少年は、エルナの姿を見回しながら言う。
その際、彼の視線が俺を捉えた気がした。
「それで僕達が、何故ここに現れたのか? っていう話なんですが。率直言うと、君がその首から下げている石。それを回収しに来たんです」
「えっ……」
考えてもみなかったことを唐突に言われ、エルナは一瞬固まってしまったが、すぐに我に返り、俺のことを守るように胸に手を当てる。
「恐らく、もう君も気付いていると思いますが、その〝賢者の石〟は強大な力を内在していて、使い方によっては世界をも滅ぼす危険な存在なんです。だから然るべき場所で保管する必要がある」
ダリウスの口から聞き慣れない言葉が飛び出して、俺は戸惑った。
賢者の石だって?
この俺が?
ありったけの魔力を掻き集めて転生したことには違い無いが、俺自身はちょっとばかり魔力がある、ただの石程度にしか思ってなかった。
それが、世界を滅ぼす程の力だって!?
にわかに信じがたいが……。
そもそも俺が、世界を滅ぼす、なんていうつもりがないしな。
「賢者の石の力を使い、その魔力の強大さに魅了されてしまうのは仕方が無いことですが、そのままその石を持っていては、いずれは君にも危険が及ぶことになる。手放したくない気持ちは分かりますが、まだ石に翻弄されていない今ならまだ間に合います」
ダリウスは真摯な態度で訴えてくるが、それはエルナにとって受け入れがたい話で、戸惑いを隠せない様子。
それどころか今にもここから逃げ出したい。そんな気配すら感じる。
彼女の考えていることが全て分かるわけじゃないが、魔力で繋がっている者同士、なんとなくその気持ちが伝わってくる。
渡したくない。
離れたくない。
そんな感情。
俺も同じだ。
巨大な魔力の器。
そんな魅力的な存在を逃したくないという現金な部分は正直言ってある。
でも、それを差し引いたとしても彼女の元を離れたくないという感情は確かだ。
それに俺が持つ魔法の全てを教えると約束したからな。
『エルナ、そのまま聞いてくれ』
「……」
彼女は表情を崩さず俺の声に耳を傾けた。ダリウスに気付かれた様子は無い。
『自分でも良く分かっていなが、どうやら俺はその賢者の石とかいうものらしい。でも俺はエルナとこれからも一緒にやって行きたいと思っている。お前も同じ気持ちなら、これから俺が言う言葉を代弁して奴に伝えてくれ。それで向こうさんの思惑を探りつつ、策を練る』
「……」
彼女は無言で頷いた。
ダリウスはそれを了承と捉えたのか、ホッとした表情を見せる。
「良かった……。分かってもらえたようで何より。では賢者の石をこちらへ渡してもらえますか」
そう言って彼は手を伸ばし、近付いてくる。
だがそこでエルナは顔を上げ、相手の目を見据えると、強く言い放つ。
「待って下さい!」
「……?」
ダリウスは歩きかけた足を止めた。
「どうかしましたか?」
「えっと……何か勘違いしていると思いますよ?」
「勘違いとは?」
「これは、あなた達が探している賢者の石とかいうものじゃないと思います」
「ほう、ならそれは何ですか?」
「え……ええっと……あの……」
俺が伝えた言葉を真似して言っているが、緊張しているのだろう、辿々しい感じになってしまっている。
これじゃ、つけ込まれちまうぞ。
『おい、大丈夫だから落ち着け』
彼女は仕切り直すように深く呼吸する。そして、
「これは旅の餞別にと両親から貰った極普通の魔法石です」
「普通の……ねえ」
「逆に聞きますが、むしろ、なぜこれを賢者の石だと?」
「それは簡単ですよ。ここで賢者の石の魔力を探知したからです」
「た……探知!?」
『そんな驚かなくても……。魔力探知なら今のお前でも使えるだろ』
そう助言をしているとダリウスが耳を疑うようなことを言い出した。
「まあ驚くのも無理はないでしょうね。魔力探知を探査水晶無しで単独で使える魔法使いなんてのは、この世界にそうそういませんからね。問題は極狭い範囲でしか使えないということでしょうか」
『えっ……そうなの!?』
俺は唖然としてしまった。
魔力探知なんて魔法の基礎の基礎。
なのに出来る者が限られているだなんて……。
この世界の魔法レベルはあまり高くないのか?
それとも、魔法の発展方向が異なるのだろうか?
そういえば隣にいるラウラとかいう剣士。魔法騎士とか名乗っていたが、その割りには魔法の影は全く窺えず、どちらかというとがっつり騎士の格好だ。
何はともあれ、もう少し探ってみる必要がありそうだな。
「でも、それが賢者の石の魔力かどうかだなんて、どうやって判別するんです? 魔力は魔力じゃないですか」
「賢者の石がこの世に誕生した際、強力な魔力を放出することを知っていますか? セラディス本国にある探査水晶がその際に起こる魔力震を捉え、記録していたのです。僕はその記録されたもの見せてもらい、その波形に近い魔力を探して回っていたという訳です」
魔力震だって?
そんなものが起こるくらいの魔力といったら相当なもんだぞ?
そもそも俺はそんなもの放出した覚えは、な――――ああああああああああぁぁっ!!
思い当たる節にぶつかって内心で叫んでしまった。
俺が洞窟で目覚めた時、やってきたエルナに気付いてもらう為、全魔力を思い切って放出したことがある。
あの時か!
全ては彼女に気付いてもらう為にやったことだが、想像以上に広範囲へ広がって、結果的に多くの人に知れ渡ってしまったと……。
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