第19話 砂漠の真ん中で石が叫ぶ


「新しい魔法……ですか? いつの間に?」


 エルナは寝耳に水といった顔をしていた。


 それもそうだろう。

 目の前には彼女が先程倒した砂海豚サンドルフィンの巨体が横たわっている。

 俺が魔法を得るとしたら、そいつからと考えるのが順当だ。


 しかし、鬼猪バーサークボアの時のように、その為の時間を取ったりはしていないから、彼女は不思議に思っているのだと思う。


『干し肉が入ってた袋を取り除く時、あいつの角に触れただろ? その時だ』

「そんな短い間に……ですか??」


 彼女は目を丸くした。


『ああ、一度やれば手順は変わらないからな。慣れというやつだな。だから一瞬でもエルナが対象に触れてくれれば魔法を解析出来るようにはなったと思う』

「す、すごいです」


『おっ、やっと大賢者として尊敬してくれるようになったか?』

「いや……それは想像が付かないというか、なんというか……。私にとって石のアクセルがアクセルなので……」


『む……』

「でも、尊敬はしてますよ? 本当ですよ?」

『あーはいはい』


 人として見てくれるようになるには程遠そうだ。


「それで、どんな魔法が出来るようになったんです?」

『善くぞ聞いてくれた。その名は超振動牙ウェイブレイド

超振動牙ウェイブレイド?」

『……とは言ってもこの魔法、俺もどうやって使ったものかと悩んでいるんだ』


 超振動牙ウェイブレイド


 解析の結果から判断するに、頭から生えているアレは角だと思っていたが、どうやら牙であるらしい。

 その牙を高速で振動させることによって高周波の刃を作り出し、それで獲物を切り裂いたり、突き刺したりする威力を増強しているのだ。


 しかし、それは攻撃にばかり使われる訳ではない。

 牙から発せられる音波振動によって砂を掻き分けることにも使われている。だからこそ、砂漠の中をまるで海のように泳ぐことが出来るのだ。

 しかもその音波振動は獲物を捕捉する際に探知機能の役割も果たすのだから万能だ。


 相変わらず魔法とは言い難い、能力そのもののような魔法だが、そこに魔力が使われていることは確かだ。

 解析によって魔法構造も把握することが出来たが……問題はこの力をどうやって自分に生かしたらいいのかが分からない。



 だって、俺に牙(角)なんか無いし!



『とりあえず、どんなふうになるか使ってみるしかないか』

「えっ、それは……」


『ん? 何か不味いことでも?』

「いえ……前みたく、すごい勢いで飛んで行かれると心配なので……」

『その辺は大丈夫だ。今度はかなり力を抑えて使ってみるから』

「それなら……」


『じゃあ例によって、何が起こるか分からないから外しといてくれるか?』

「はい」


 納得の返事はしたものの未だ気掛かりな様子。

 彼女は不安げな表情で俺を首から外し、砂地の上へと置く。


 さて、これで俺は、完全に俺だけで魔法を使うことになる。


 よーし、じゃあ早速その超振動牙ウェイブレイドってやつを試してみるか。


 魔力の出力を最小限に絞って、あとは解析した構造に疑似的に作り出した闇元素を流すだけ。


 さあ、どうなる?



 ヴヴヴヴヴッ……。



 ん?


 なんだ??


 ちょっとだけ俺の体が振動したぞ……。

 まさか……これだけか?



 能力、体が震える。



 使えねえ!

 こんなの誰かのマッサージくらいにしか使えないじゃないか!


 いや待て……失望するのはまだ早い。

 もうちょっとだけ出力を上げてみよう。何か変化が起きるかもしれないし。


 そう思い至って、実際にやってみた。



 ヴヴヴヴヴ……。

 ウィィィィィィ…………。

 キィィィィィィィン…………。

 ―――――――――――――――。



 出力を上げて行ったら振動音が高くなって行って、仕舞いには音がしなくなったぞ?


 そう思っていたら、やや離れた砂の上で地中の虫を突いていた数羽の鳥達が一斉に飛び立ったのが目に入ってきた。



 俺が出力を上げたのと同時に逃げた?


 鳥には聞こえているのか……この振動音が。


 高い周波数……音……聞こえる……。


 む……もしかして……。



 思い当たった俺は、即座に魔法構造に少し手を加え、出力されている高周波を調整する。


 すると――。




「あ……あー……あー。おおっ!? 出るぞ! 声が出る!」




 高周波を可聴帯域まで下げ、魔力で調節してやれば音声として出力出来るのではないかと思ったが……こんなに上手くやれるとは思わなんだ!


 というか、他人にはちゃんと聞こえてるんだろうか?


 気になった俺は早速、傍に佇んでいるエルナに向かって喋ってみた。



「おい、エルナ! 俺の声が聞こえているか? ちゃんと聞こえてるなら、なんか反応を示してくれ」



 彼女はきょとんとした顔で俺を見つめたまま固まっていた。


「あー……これはあれか? 急に俺がしゃべったもんだから、驚きすぎて現実が認識出来ていないパターンか? しょうがないなあ、もう。解析した魔法でしゃべれるようになったんだってば。そこの所は理解できてるかー?」



 それでも彼女の様子は変わらない。

 まるで石像にでもなってしまったかのようだ。


「おーい、おーい、エルナ、俺だよ俺、アクセルだよ。そろそろ、現実を受け入れてもいい頃じゃないか? んん?」


 そこでようやく彼女に変化が訪れる。

 ただそれは、大袈裟に驚いたりとか、大きな声を上げたりとか、そういう反応ではなかった。


 その丸い瞳が、じんわりと滲んだかのように見えたその時、俺のことを砂地から掬い上げ、そっと胸に抱き締めたのだ。



「っうえっ!?」



 予想外の展開に素っ頓狂な声を上げてしまう。

 そんな俺の耳元で彼女が囁いた。


「よかった……よかったですね」


 それは温もりを感じる優しい声だった。

 しゃべれるようになった俺のことを、まるで自分のことのように喜んでくれているかのような。


「しゃべれないって……大変なことや、辛いこともありますもんね……」


「え……あ……うん」


 俺は短く答えることしか出来なかった。


 実際、この世界に来た時は、石になってしまった自分に戸惑い、焦った。

 あのまま洞窟で誰とも会うことが出来ず、鍾乳石と同化してしまうくらいの永遠の時を過ごすことになったら、俺はどうなってしまっただろう――と。


 永遠の孤独。

 死ねない孤独。


 そこには狂おしいほどの辛さがある。

 だからわざと考えないようにしてきたのかもしれない。


 でも彼女は、そこにそっと寄り添ってくれた。

 かつて、ここまで自分のことを思ってくれる人がいただろうか?


 いや、いない。


 魔法に明け暮れていた日々の中に、魔法以外のものは存在しなかったのだから。


 彼女はゆっくりと抱き締めていた手を離す。


「でもあれですね、思ってたよりも格好いい声でびっくりしました」

「はい?」


「もっとこう……なんていうんですかねえ……。宝石ちゃん? みたいな可愛らしい声かと思ってたので」

「どんな声だよ! まあ、調整すれば色んな声質に変化させることも出来そうだが……」


「えっ、できるんですか!? じゃあ是非、宝石ちゃん――」

「却下っ!」

「えー……」


「わざわざ元の俺に近い声質に調整したんだから、これでいいんだよ。他の声だとしっくりこないだろ?」

「そうですか……。でも、これからは離れていてもおしゃべりが出来ますね♪」


 嬉々とした表情で言う。


「ああ、そうだな。でも人前では止めといた方がいいかもしれない」

「えっ、どうしてですか?」


「中には珍しい喋る石を奪って、高く売り飛ばそうなんていう輩が出てこないとも言い切れない。それでも俺が自分の力だけで身を守れるならいいが、今の所、エルナに頼るしかない訳で。そうなると色々、迷惑を掛けてしまうだろ?」


「それなら大丈夫です。アクセルは私が守りますから」

「その言葉はありがたいが、一応今はそういうことにしておいてくれ」

「はい」


 エルナは素直に頷いた。


「まあ、それはともかくとしてだ。目の前の砂海豚サンドルフィンを干し肉にしちまおう。これからの旅路に食料を失ったままじゃ心配だろうからな」

「あ、そうでしたね」


 案外、あっさりと気を取り直した彼女は、俺を首に掛ける。

 腰からいつものナイフを取り出すと、鼻歌混じりに解体の準備を始めた。


 それにしてもエルナの奴……食いしん坊がそうさせるのか、結構楽しそうに魔物の解体をするんだよなあ……。

 鬼猪バーサークボアの時も「サクッ♪ サクッ♪」とか言いながらやってたし。


 慣れているのか手際も良いし、無駄も無い。

 それに加えて魔法での加工も身に付けたもんだから、すごい速さで大量に作れる。


 最早、職人技。

 干し肉屋と言っても過言ではない。


 いや、寧ろそれで商売が出来るんじゃないか?


 俺はこの通り食えない体だから、その味は分からないが、当人も美味そうに食ってたし、特段不味い訳じゃなさそうだ。


 となれば、〝エルフ族に伝わる秘伝のスパイス使用〟とかいう口上で売り出したら結構、良い商売が出来るんじゃないだろうか。

 

 エルナの奴、雰囲気からして金持ってなさそうだし、幸薄そうだし、それが商売として彼女の生活を支えてくれるならやってみる価値はありそうだ。


 その事を彼女に提案しようと、得たばかりの能力でしゃべりかけたその時だった。

 今まで砂漠しかなかった場所に人の気配を感じて、出かけた言葉を飲み込む。


『エルナ、誰かいる』

「えっ」


 接触通話で伝えると、ナイフを持った彼女の手が止まる。

 と、その直後、


「やっと見つけました」


 そんな声が辺りに響いた。

 勿論、それはエルナの声ではない。


 男の声だ。


 そしてすぐに、その声の主が俺達の前に姿を現す。


 砂漠に転がる大岩の上に二つの人影。



 一人は銀色の甲冑に身を包んだ女性剣士。


 もう一人は、簡素なプレートアーマーを着込み、

 爽やかに微笑む、


 銀髪の少年だった。

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