第23話 案外、使える


 やばい……!


 即座にそう感じた俺は、彼女の向かって叫ぶ。


『エルナっ!!』


 それでようやく僅かながら体が動く。

 しかし、だからといって充分な対応が取れる訳ではない。

 ラウラの方に振り向くだけで精一杯だった。


 だが、切迫した状況に相反するように、俺はニヤリと笑った。


『よし、この角度なら、回転をかければ……』


 俺はすかさず体内の魔力を力に変える。

 それは人が操る魔の力。


 ――猪突猛進フューリアスカノン


 エルナの胸元で正八面体の俺の体が赤い煌めきを放つ。



「……なっ!?」



 力の波動を感じたのか、ラウラは剣を止め、咄嗟に身を反らす。


 そんな彼女の頬を掠め、俺は飛んだ。


 空気を切り裂きながら弧を描き、近くの砂漠に突き刺さる。


「自ら……弾けただと?」


 呆然と俺が飛んだ軌跡を見つめるラウラ。

 それで僅かな隙が作れた。

 その間にエルナは素早く距離を取る。


 いやー危なかった。

 まさかこんな所でこの力が役に立つとはな。


 力加減も今度は丁度良い感じに調節出来たと思うし、予め結び紐を解け易くしといたのも功を奏した。


 それにしてもあのラウラとかいう魔法騎士。

 身体強化魔法を使ったような動きだったが、それでもあの重量級の鎧の分はハンデがありそうなのに、相当素早かった。

 どちらかというと鎧自体に魔法が付与されているような、そんな感じだ。


 でも、何かが少し違う気がする。

 どんな魔法が使われているのか、ちょっと見せてもらいたいなあ。

 彼女の鎧に興味が沸き始めたその時だった。



 ゴゴゴゴゴゴゴ……。



 突然、地鳴りと共に地面が揺れ始めたのだ。



 な、なんだ!?



 周囲を見渡せば、俺の周りの砂が少しずつ流動しているのが見える。


 まさか……。


 俺はすぐに悟った。

 さっき俺が砂漠に突っ込んだ衝撃で、砂の下にあったと思われる岩盤を砕いてしまったらしい。


 岩盤の下には空間があるのか、そこに向かって周囲の砂が流入し始めているのだ。

 不意に砂の流れが潮流のように激しくなる。


 あ……これはちょっとまずいぞ……。


 石の身である俺は自由が利かない。早速、砂に流されつつある。

 このままじゃ、砂漠の奥底に沈んでしまって二度と太陽を拝めなくなる。

 こんな時、頼みの綱は彼女だけ。


 そうだ、エルナはどうした?


 流される体で辺りを見渡すと、彼女も砂の流れに足を取られて身動き出来ないでいた。

 ラウラとダリウスはその場から逃れたのか姿が見えない。


「エルナ! 大丈夫か!」


 緊急事態だ。俺は構わず声に出した。

 すると彼女は悲痛な面持ちで俺に向かって手を伸ばす。


「アクセル!」


 なんとか彼女を助けたい。

 でも駄目だ……。ここからじゃ距離がありすぎる。

 こんな時、石の体が恨めしい。


 既にエルナの体は上半身までが砂に埋まりつつあった。

 とにかく彼女の元に辿り着かなくては、全てはそれからだ。


 俺は再び猪突猛進フューリアスカノンを使うことにした。

 砂地を脱出出来るくらいまで力を弱め、彼女の元へと飛ぶ作戦だ。


「ア……くっ……」


 こうしている間にエルナは口元まで砂に埋もれてしまっていた。


「くそっ……間に合え!」


 俺はすぐさま飛んだ。

 真っ直ぐ彼女に向かって。


 それに気付いたエルナは砂の中から手を伸ばす。

 それで俺は辛うじて沈み行く彼女の手の中に収まった。


 これで魔法が使える。


 そう安堵したのも束の間、時は待ってくれなかった。

 すぐさま視界は塞がれ、何もかもが分からなくなる。


 流れに身を委ねるしか術は無い。


 俺達の体は砂の海の底へ、深く深く沈んで行くのだった。

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