3.私が求めていたものは

目覚めると、私はいつの間にか自室のベッドに横たえられていた。しっかり布団も、掛け布団と毛布の二重構造だ。誰がしてくれたのだろうか。


「えっ、エリーそんなに変わっちゃったの。まさか、頑固なところも……?」

「いえ、例えば風邪を引いていらっしゃる時に、お体に障りますから今日は作業はおよしになられたらと何度言っても、全く聞く耳を持たれないで」

「やっぱり変わらないね」

「いつまでも頑固なままでございます」

「「ねー!」」


聞き間違いだろうか。扉の向こうの廊下から、ファルスの声と混ざって、何だか懐かしい声がする。そんなことを考えていると、扉がゆっくり開き、足音がして、ファルスと共にその声の主が部屋に入る。揺れるおさげときらめくかんざし。目が合う。


「あ、エリー。起きたのね!おはよう」


たしかに、そっくりではあった。だけれどやはり——球体人形には変わりなく——声や口調、その仕草はまるきり本人そのものではあるけれど——


「とりあえずは、失敗したのか」

「やだ失敗って何のこと?あ、この脚!人形さんみたい!美しいわ、造形美よ」

「自分の体が球体人形であるところに何も感じないんだな」

「動かないよりはマシだわ!って、エリーそんなに饒舌だったかしら?!口調まで変わっちゃって」


目の前で、死んだはずのティオが、くるくると鍋を抱えて跳ね回っている。私は考える。

魂の埋め込みには成功したようだけれども、やはり球体人形の身体は、球体人形のまま。


——求めていたものと、ちょっと違う。


「エリー、まずはごはんを食べましょう。おかゆを作ったわよ!」

「えっそれは勘べ、ンぐっ、おうぉふっ」


ティオが私の口に、無理やりおかゆを流し込む。アニメで観るような、放送できない色をした、おかゆのようでおかゆでないものを。


「おぇえ……」


私はたまらず吐き出す。生前から、ティオの料理センスは皆無だったけれど、それはこの姿でも受け継がれているようだ。


「ティオ!遊びに行きましょう、とりあえずはマンハッタンまで」

「行かねえよんなとこ」

「あらまあまあそんな、口が悪いわよ!」

「るせぇ」


私はおかゆ(?)を吐き出したことにより、気分が悪くなり、もう一度寝ようとティオに背を向けて布団をかぶった。呆れ顔のファルスが、汚れたところを拭いてくれている。


——あれ、おかしいな。


「ファルス、どうしてティオを受け入れたの?素体は見せたこと無かったし、初見では家宅侵入者のはずなんだけど」

「アンティオー様がエリオ様を抱えてアトリエから出ていらした時、エリオ様を見ていたアンティオー様の目が、エリオ様を心から想われているようでしたので。きっとエリオ様の大切なお人かと」

「でも見た目球体人形だよ?」

「私もアンドロイドメイドです。さほど姿形は気にしません」

「気にしろよっ!」

「ねぇねぇねぇエリー、何のこと?」


ティオがずいずいと、「あ、まだ拭き終わってございませんが」とファルスが言うのも、汚れるのも厭わず布団に潜り込んでくる。そして私を後ろから抱きすくめる。


「こうして眠るのも、久々ね」


球体人形の冷えた手足が、ところどころ密着して気持ちがよかった。背後からかすかに、ドクン、ドクンと音が聞こえる。ファルスが静かに部屋から出ていく。


「元気にしていた?」


振り向くと、ティオは満面の笑みを浮かべて私にキスをした。唇を中心に顔が熱を帯びていき、そして目尻から溢れ出すように、涙がぽろぽろと零れた。


「……アンティオー」


私はあの日と同じように、ティオの胸に顔を押し当てて咽び泣いた。懐かしい記憶が、完成するまでと心の内に封じ込めていた想いが、脳裏から口を通って、爆発するように。ティオはそんな私の頭をに、もう一度キスをした。


「エリオ、会いたかったわ」


冷えたティオの身体から溢れるぬくもりに抱かれて、私はもう一度眠りに落ちた。



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