2.私は試行を重ね続ける

——チャカポコチャカポコ——


ほの暗い、大きな部屋。沢山の人形、またはその部品が無造作に転がっている。沢山の液体に浸されたガラス瓶や、排気ダクトのようなものさえある。そこでは一人の女が、大きな寝台に載せた球体人形を相手に、ピンセットを持って唸っていた。


「ム、ム、ム」


ここは私、エリオ・ビスコッティの、秘密のアトリエ。日がなここに篭もって、球体人形を作ったり、弄り回したりしている。今は、とある人形の製作途中だ。ボディは全て作り終え、今は植毛作業をしていて、を、一本一本手作業で、頭部に植え付けていく。


「待っててね〜、私、頑張るからね〜」


この人形は、私の研究の集大成とも言える作品……となる予定だ。正直なところ、この人形がもし''完成''したら、球体人形製作はもう、やめようと思っている。


「おっとっと、ズレるズレる」


長年人形製作をしていると、さすがにその腕も上がるようで、この前手遊びで作った程度のものをオークションに出してみると、ウン万円という値段で買い取られた。そしてその収益はほぼこの、今作っている人形につぎ込んでいる。この人形を形作る部品のどれもが、原材料がそれなりに高くついたものである。


「よし!これで植毛は終わりだ!」


人形を作り始めたばかりの時は、ちまちまと毛を植えていくだけで気乗りしなかった植毛作業も、今では慣れたものである。


「あとは、かんざしを挿して、この瞳を嵌め込み、だけだ!」


☆☆☆


「エリオ様、お茶を」

「ありがとう」


少し息抜きにアトリエを出ると、アンドロイドメイドのファルスが、湯気立つ紅茶を手に待ち構えていた。作った球体人形に、廉価版のAIを搭載したシロモノである。

昔は完全なる知能は作れやしないと言われていたAIだが、今では某最難関大学にも入学できて、各社から廉価版として売られている、子供のお小遣いで買えるAI基盤すら、並たいていのことは全てこなせる。


「ちょっと休んだら私、またアトリエ戻るから」

「わかりました。……お気をつけくださいね」

「はーい」


今どき心さえ有しているAIは、私のことを常に気遣ってくれている。


——ほら!無理しちゃダメじゃない!


そう言って、私を引きずり回してくれたあの子を思い出す。ファルスは私を気遣ってはくれるけれど、気晴らしにどこか行こうか、なんて言いながらいきなり富士山登山させるような強引なことはしない。


「さて、やりますか」


一息ついてアトリエに戻った私は、棚から、液体でひたひたのガラス瓶を二つ取り出す。その中には、宝石でできた人形の瞳が保管されている。オパールをくり抜いた眼球に、ジェード、いわゆる翡翠で出来た虹彩、ボルツというダイヤモンドの一種で出来た黒目をはめこんだものだ。私はゆっくりそれを取り出すと、右の手のひらの上で転がした。

そしてもう一度瞳を瓶に戻し、背後の作業台に置く。今度はもうひとつの瓶を、目の前で揺らす。中では、いびつな形の真っ赤な石が、ドクンドクンとかすかに拍動するような音を立てている。

それも作業台に置くと、最後に私は、壁に立てかけてあった、を手に取る。

先程植えた金髪を大きなおさげに結い、そこにかんざしをゆっくりと挿してゆく。

これで、残る作業はふたつ。

瞳を眼科に押し付ける、ぱこん、と軽い音をたてて嵌る。ちょうどいいサイズ。きっちり測って、自ら宝石を削り出しただけある。整った顔、大きなおさげと挿したかんざし……完璧だ。私は作業台から、鎖でぐるぐる巻きの、薄汚れた分厚い本を抱え上げ、残しておいた赤い石を取り出す。鎖を解き、しおりを挟んでいたページを開く。


——どうか、目覚めてね……


「汝、導きの星のもとに生まれし哀れな死者よ」


抱えた本から電光が発せられ、ピシリピシリと肌が撃たれるが、私は負けない。


「願え、願え、生をこいねがう者よ」


人形の、ポッカリと空いた心臓部に石を押し込む。ドクンと波打つ。身体中の血管が逆立ちするような感覚に襲われ、意識が遠のこうと、私はやめない。


「生きよ!いざ、産まれ給う!」


爆発音がして、本からしゅうしゅうと煙が吹き出す。雷が人形を突き刺すのを見たが最後、私は気を失ってしまった。


緋色の髪を焦がし、焼き切れるように倒れた女を見据える、一体の




「おはよう、エリー」

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