卒業

仁志隆生

第1話

 その日は中学の卒業式だった。

 

 クラスで一番仲良くしてくれたあいつと話した後、近くの公園のベンチに座って辺りを眺めていた。


 皆がここに集まっていて、思い思いに話している。


 あ、あいつ、何人かの女の子に第二ボタンを取り合いされてる。

 いいなあ。

 

 誰か俺のを取りにこねーかな~。

 って、ある訳ねえか。

 でも、もしかすると……

 


 そんな事を思いながら、日が暮れるまでずっとベンチに座っていた。



 ❀❀❀


 

「それで?」 

「誰も来なかったよ」

「あらら。それは残念だったわね」

「ああ。当時は愕然としたが、今思うと当然だな。俺って暗いし話下手だし」

 そう言いながら薄くなった頭を掻いた。


「あなたって自分で言うほど話下手じゃないわよ。ただ自信がなかっただけでしょ」

「そうかな?」

「そうよ。それより、長い間お疲れ様でした」

「ありがとう。このご時世に定年まで勤められたのは、お前や皆のおかげだよ」

「いえいえ。あ、これも言ってみれば『卒業』ね」

「そうだな」


「じゃあ、私が貰っちゃおうかな、あなたの第二ボタン」

「へ? スーツの第二ボタンをか?」

「ええ。いいでしょ?」

「ああ」

 その後ハサミを持ってきて糸を切り、ボタンを彼女に渡した。


「ありがと。大事にするわね」

「……これで思い残す事はないな」

「あなた、人生卒業はまだ早いわよ」

「はは、そうだな。できれば共に卒業できればいいがな」

「そうね。じゃあそれまでうんと思い出を作りましょ」

「ああ」

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卒業 仁志隆生 @ryuseienbu

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