第36話 ティケに告白
その頃ティケは校舎裏にいた。秋水のクラス委員長である小俣に、ここまで呼び出されたのだ。
「え~と……小俣君だっけ? 確か秋水のクラスで委員長さんをしてる人だよね」
ティケは微笑を浮かべたまま、首を傾けるような仕草を見せる。それを目の当たりにした小俣は、ますます緊張の度合いを増したかのように頬を引きつらせ、耳まで真っ赤となった。
「そ、そうだよ。よかった……、ちゃんと顔と名前は覚えててくれたんだね」
「もちろん! 小俣君、今日は何の用かしら?」
できる中学生の小俣は覚悟を決めたようだ。心臓の鼓動が太鼓の達人並みとなり、今にも口から飛び出してきそうになる。交感神経の作用もピークに達し、瞳孔が散大したのか、微笑むティケ様の顔が何だか眩しく輝いて見えるのだ。
「い、いや、大切な用があるって言っても、大した事じゃないんだ。い、いや違う! とても大事な話があるから、わざわざこんな所に呼び出したりしたんだ」
「んん?」
小俣が四苦八苦して言葉を紡ぎ出そうとしているのを、ティケは応援するかのように顔を近付けさせた。
ますます小俣の目は泳ぎ、持ち前のクールさを失う。
「い、言うぞ! 言いますとも。……ティケさん!」
「はい!?」
すぐ目の前にティケのブラウンの瞳が星のように瞬いている。これはもう言うしかない。
「ティケさん、い、今、付き合っている人はいますか?」
「付き合っている人って、いわゆる恋人の事? いや、私にはまだ……」
「よかった! ……じゃあ、僕と付き合って下さい。初めて会った時から、君の事がずっと好きなんです」
目をぱちくりとさせたティケの顔に一瞬ではあるが、困惑の表情が見て取れた。それを見逃さなかった小俣には、すでに半分結果が分かってしまった。それでも可愛い唇から出てくる返答を、噛み締めるように待ったのだ。
彼女はなおも笑顔を崩さず、頭の中で慎重に言葉を選んでいるようだった。
「……ありがとう、小俣君。面と向かって好きと言われたのは、この世界で初めてかもしれない。あなたの気持ち、とっても嬉しいわ。……でもね、私にはもう好きな人がいるの」
「……! ひょっとして、それはアイツ……、西田秋水の事なのか?」
「ええ、そうよ。ゴメンなさいね。やっぱり私は同時に2人の人を愛する事なんてできないわ。それほど器用じゃないし、そういうのは良くないと思う」
こんな時でもティケは、天使のような眩さを失う素振りは見せなかった。それがやけに口惜しさを助長して、胸が張り裂けそうになる。
小俣はもうティケの目を見る事はできなかった。空を仰ぎ、この世の終わりのような顔を自虐的な笑顔と共に作るのが精一杯のようだ。
「そうか……分かったよ。アイツに言っといてくれ。よくもコケにしてくれたなと」
「……え? どういう事?」
不安げなティケを前に、小刻みに震える小俣は感情が一変したのか、怒りの表情で歯を食いしばるのだった。
「くそ! 何が遠い親戚だ、大嘘つきめ! 奴には最初っから、こうなる事が分かっていたはずだ」
ごちゃ混ぜの感情を爆発させる彼に対し、かける言葉すら見付からない。
プライドがズタズタになった小俣は、それ以上ティケに語ろうとはせず、恥ずかしさから逃れるように走り出したのだ。
「待って! 小俣君!」
喚きながら陸上部のスピードでグラウンドへ向かう彼には、もう何も届きそうになかった。それを見送ったティケは、ただ呆然とするしかない。
「……ああ、どうしよう」
その時、ティケの胸元から白毛玉のようなケサランパサランのケパが飛び出してきて、肩に乗った。
「コレデヨカッタンダヨ、ティケ」
「そうかしら、色々と傷つけてしまったかもしれない」
「シカタナイサ。ハッキリ言ッテアゲタホウガ、イイシ……」
落陽の風を受けたのか、制服のプリーツスカートが揺らめいては膝元をくすぐった。
✡ ✡ ✡
「畜生、畜生! 畜生!!」
全力でグラウンドを横切った小俣は、誰もいない桜並木の陰に腰を落とすと乱れた息を整えた。
「ぼ、僕は……、俺は西田に何一つ劣ってなんかない。勉強もスポーツもルックスも家柄も全て奴より上のはずだ! なのに……なのに何でだよ、ティケさん!? こんなにもハイスペックなのにどうして? 理屈じゃないのか、くそ!」
その時、人影がないはずの薄暗い並木の梢から、黒い煤の塊のような物が出現した。
「……もっと力が欲しいのか……少年」
「えっ?」
「……誰にも負けない力を身に付けて、彼女を見返したいのか? 振り向かせたいのか? それとも奴に復讐するか?」
「だ、誰なんだ?」
「……お前が望むならば、相応しい力を与えてやろう。フフフ……汝が望めば力を与えん」
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