第47話 マキちゃんと一緒
西田秋水は浮き足立っていた。というのも可愛い女の子と、本日デートする約束があったからだ。
休日の冬空は突き抜けるような青空で、室内で遊ぶのは勿体ないくらいである。
赤錆びた自転車のチェーンが軋むほどの力走で辿り着いた先は、秋水が住むマンションからさほど離れていない新築マンション。
エントランス左手にあった大理石壁に埋め込まれたインターホンのキーに1411と入力した後、呼出ボタンをポチッとする。すると想像した通りの音が聞こえた。
「はーい」
「こんにちは。え~と、西田秋水です」
「きゃあ! 本当に来てくれたのね。ハイハイ、ちょっと待ってね!」
インターホン越しでも慌てる様子が伺い知れて、秋水は思わず苦笑した。ほどなくしてオートロックが解除されると、ちょうど申し合わせたように1Fにいたエレベーターに乗り込み、最上階のボタンを選択した。
「な~にドキドキしてんだ……俺、いや僕」
14階には待ち構えるようにドアを開けた、角の一室があったのだ。
「秋水くーん、こっちこっち!」
「はい、すみません」
西田秋水は2人の同い年に見える女性に歓待を受けた。ドア横の1411と見える番号の下には杉浦という文字が刻まれている。
「マキちゃん! 秋水君が遊びに来てくれたよ!」
「わーい! おにーたんだ!」
まだ玄関にも入っていないのに、顔を赤くした杉浦マキちゃんはドタバタして全身で溢れる喜びを表現している。
そう、このお二方は秋水に恩がある杉浦マキちゃん(もうすぐ2歳)と、そのお母さん(26歳)なのだ。例の一億総中二現象のせいで母子には見えず、仲の良い中学生の双子に見える。おまけにペアルックを着てほぼ同じ背丈なので、黙っていればどちらが娘で他方が母親なのか、外見では全く見分けが付かない。
「今日はお招きいただきまして、ありがとうございます。マキちゃん、ちょっと大きくなったね?」
言葉では元赤ちゃんの成長を祝ったが、超常現象のおかげで以前と全然変わらない。ショートからセミロングに髪型が変化したぐらいだが、美少女度が更にアップした気がする。ニコニコ顔の母親の方も、当然10年以上若返った姿のままだ。
ワンピースっぽい明るいモノトーン柄の上着にデニムのショートパンツを穿いた母と娘は、はしゃいだ様子で秋水の腕を引っ張る。
「ささっ! どうぞこちらに。マキちゃん、スリッパを用意して」
「どうじょ!」
「はは、ありがとうね、マキちゃん」
14歳の肉体にベビーの心のままでいる少女は、天使のようなピュアな笑顔を綻ばせた。
「……あれからどうですか、マキちゃんの様子は?」
チーズケーキタルトにスプーンを入れながら、秋水は母親に訊いてみた。ロイヤルミルクティーの湯気越しに、母親の困惑したような表情が見えた。
「う~ん……。前にも言ったけど、体が大きくなったせいなのか、急激に言葉を覚えて頭脳も追いかけるように成長してるって感じかな? マキちゃん、とってもお喋りが上手になったのよねぇ?」
「うん! すごいでしょ!?」
マキちゃんはスプーンの柄をグーの右手で持ちながら、フルーツショートケーキを美味しそうに食べている。歯も生えてるし、もう大人と同じ物が食べられるのか。
「赤ちゃんから急にこれだもんね……。嬉しいような、悲しいような。可愛い盛りの赤ちゃん時代がもう見られなくなった悲しさと、大量にある新品ベビーグッズの処分に思わず泣いてしまったわ。マキちゃんの赤ちゃん時代の写真も、もうこれしかないの」
母親は秋水に半分も埋まっていないアルバムを差し出した。中にはベビーチェアに収まってミルクを飲む、かつてのマキちゃんの写真が並んでおり、すぐ隣には何もかもすっ飛ばしたように大きくなったマキちゃんの写真があった。
「もう育てる手間が省けたと喜ぶしかないよね。ただ小学校にも行かずに成長しちゃったから、勉強の方が心配なのよ。そこで秋水君、マキちゃんに色々と教えてあげて欲しいの」
「そんな! 僕は人に教えられるほど、できた人間じゃあないですよ」
「いやいや、そんな事はないよ! まだ1歳だったから、マキちゃんには友達も何もないの。だから秋水君には主に社会面というか、人付き合いとか……、見た目と相応の一般常識を教えてあげて欲しいな」
「確かに……。一歩外に出たら、誰もマキちゃんの事をまだ赤ちゃんだと見なしてくれないでしょうね。悪い奴に騙されるかもしれない。そうか、そういう事か。これは知り合いの女性陣にも助けを請わなくては」
「そう言ってくれると助かるわ~、秋水君。頼もしいわね」
「いや、それほどでも」
ふと気が付くと、隣にマキちゃんの顔のアップが。艶々のほっぺに生クリームが付いている。
「秋水にーたん。トイレに連れてって!」
「ははは……、ええっ!?」
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