ゴブリン軍団

第46話 レベルアップ


 今日は春の予感もする穏やかないい天気。

 身も心も軽く感じる西田秋水は、爽やかな空気とは裏腹に、どんよりとした不可解さも感じていた。

 金曜日の夜に起こった学校での怪事件。秋水は当日、ティケのピンチを見かねて助けに入ったはずだが、何だか記憶の混乱を生じていた。

 気を失って次に意識を取り戻した時、いつの間にか全てが解決し、ティケに抱かれていたのだ。しかも学校のグラウンドには信じられないほどの大穴。


 ――あのデカい黒豹のような化物はいなくなっていたが、一体どうなったのか?


 ――灰色マントの死神っぽい幽霊に僕は何をされたのか?


 あの時、自分に何が起こったのか全く思い出せない。事件の流れがサッパリ把握できない。

 ティケに訊いても、らしくなく涙ぐんで『ごめんなさい』と言うばかりで埒があかない。彼女を悲しませたくはなかったので、それ以上は突っ込めなかった。

 

 ……訳も知らずに謝られてもなあ!

 

 ヴァンパイア忍者のカゲマルに至っては『知らない方が良い事もあるのだぞ』と偉そうに諭された。

 

 ……余計に気になるではないか!


 秋水はモヤモヤとしたままだったが、もう気にしないでいこうと決めた。とにかく全てが丸く収まったようだし。それに、あの日から何だか生まれ変わったように体の調子が良くなったのだ。

 具体的には近視で授業中は眼鏡をかけていたのだが、全く必要なくなった。それどころか意識すると望遠鏡のように遠くまで見渡せるようになっている。

 おまけに夜間、見えないはずの暗闇でも薄ぼんやりと分かって正直驚く。

 しかも反応速度も早くなったのか、どんなオンライン対戦ゲームでも無敵となった。動体視力までもが向上したのだろうか。

 

 更に筋力も増し、自転車のペダルが電動アシスト付きのように軽くなっている。試しにクラスで一番デカいバスケ部の男子に腕相撲を挑んだが、軽く勝ってしまい皆の注目を浴びてしまった。


 体力面ばかりではない。まるで濁っていた水が無色透明になったように、教科書に書かれている事や授業内容がスイスイ理解できるようになり、勉強が急にできるようになった。テストも簡単に高得点をマークできるような気がする。


 ここまで来ると、さすがに怖くなってきた秋水は、彼なりに色々と推測した。

 あの時、ひょっとするとティケは、自分に魔法か何かをかけたのかもしれない。

 だとすると急に多方面においてパワーアップした事実にも説明がつく。でも気を失っている間に何でティケは、そんな余計な事をしたのだろう。別に望んだ訳でもないのに……。


「これは、ゲーム的に言うと大幅にレベルアップしたという事か! たぶん数段階ぐらい上に。いや、そうに違いない」


 いつかティケは自分に事の顛末を説明してくれるのだろうか。昼休みにティケのクラスを覗いてみると、至極当たり前と言うか、男女共に銀髪化に関する話題で持ち切りであった。

 

「ティケっち~、最初どうしたのって思ったけど、その銀髪似合うね!」


「そうかな? ありがとう」


「外国の血ってすごいよね。金髪じゃなくて銀髪なんて初めて見たよ」


「うん、今まで黒く染めてたけど、もう本当にメンドくさくなっちゃって」


「分かる~。元の髪色なら先生も文句言えないしね。ちょっと羨ましいけど、ティケっちレベルでないと、その色は似合わないかな」


「えへへ……」


 ティケが元気を取り戻した姿を見て、秋水は少し安心した。やはり多感な年頃なのか、銀髪のまま登校する事に珍しく緊張していたようである。朝、一緒に通学している寺島行久枝が『綺麗かつ、カワイイ!』などと、素直な感想を述べて自信を付けさせてはいたのだが。

 それにしても、ティケなら簡単に魔法で黒髪にする事もできたはずなのに、どうして頑なに銀髪のままでいるのか疑問も残る。


「それはね、自分自身への戒めでもあるのよ」


 秋水は自分のクラスに引き返しながら、彼女から聞いた言葉を冴えてるはずの頭の中で反芻した。


 


 

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