第42話 乗っ取られた秋水


 スペクターは憑依していた小俣委員長から瞬間的に離脱した。幻影のようなスペクターが体から分離すると、小俣の体は力を失い、まるで糸の切れたマリオネットのように地面に倒れ込んだ。


「うわあああ! やめろ! こっちに来るなぁ!」


 死神然としたスペクター本体の接近に、秋水は腰を抜かしたまま恐れおののく。あっと言う間に浅黒いローブ姿の怪人が、彼の体に乗り移った。


「秋水!」


 悲痛なティケの叫びも虚しく、西田秋水の肉体と精神はスペクターの新たな傀儡として完全に支配下に置かれてしまったようだ。


「ハハハ! ついに西田秋水に憑依したぞ! 何と! 前の肉体よりも知力・体力共、遙かにレベルが上ではないか。コイツは体の使い方というものを、全く心得ていない愚か者のようだな!」


 ザラついた笑い声と共に新生、魔道師スペクター秋水が爆誕してしまった。右手を猛禽類の足先のようにグキグキと鉤爪状に鳴らすと、どこからともなく特大の水晶球を取り出して掌の上に転がす。


「そら! さっきまでの威勢はどこへ行った? 神妙に勝負する気になったのか、女魔法使いィィ!?」


 スペクターが憑依する邪悪な秋水の傍には、暗黒幻獣キャスパリーグが付き従い威嚇の咆哮を上げる。

 ティケは静かに目を閉じると、無念の表情を浮かべた。


「……どうしたのだ? ぇえ!? 攻撃してこないのか? だろうな、貴様が愛している人間の肉体を、そう簡単に傷付けたりはできまいて」


「秋水、私がこの場にいながら……ゴメン」


「哀れだな、滑稽だな、ディアブルーン最強の魔法使いとやらは!」


 秋水スペクターは獣のように暗闇で両眼を光らせると、古代語の呪文を詠唱し始めた。


「……私が得意とする炎の魔法を食らえ! 火炎魔法ブレイズ!」


 水晶球から距離を置いて発生した火炎放射が、ティケに向かって真っ直ぐ伸びてくる。


「火には火を! 忍法火炎車!」


 戦場に復帰したヴァンパイア忍者カゲマルが、ティケの盾となるように火の壁ファイアウォールを形成した。


「ティケ殿! 目を覚ませ! 今は戦闘に集中するのだ!」


「分かってる! …………でも」


 電光石火の身のこなしで、幻獣キャスパリーグが2人に向かって飛び掛かってきた。


「化け猫め! 邪魔するな!」


 カゲマルが火炎車を使ってキャスパリーグに攻撃を仕掛ける。猫型のくせに炎をあまり恐れず、ハイスピードで切り込んでくる。


「ぐわっ!」


 巨大幻獣はカゲマルの左手首に牙を立てると、いやな音をさせながら肉を切り裂いた。恐ろしい力で手甲ごと引き千切ったのだ。


「なんの!」


 一方のカゲマルは若干短くなった左腕で幻獣の首根っこを締め上げると、ゴロゴロ転がりながら右眼に棒手裏剣くないを突き立てたのだ。


 キャスパリーグが、カゲマルの左手を吐き出して甲高い叫び声を上げる頃、秋水スペクターは焚き付けるようにティケを挑発してくるのだ。


「一歩も動けぬか! 腑抜けな魔法使いめが! そんなにこの男が大切なのか、笑わせるな!」


 秋水スペクターから放たれる火球魔法キャノンボールがついにティケに命中した。


「死ねぃ! 燃え尽きろ! ハハハハハハ……!」


 自分の勝利を確信した秋水スペクターは、胸が悪くなるような声で暫く笑った。

 その業火が散り散りに吹き消されるまでは。


「秋水……。いいえ、スペクター。さっき最強の魔法使いの力を思い知らせてあげるって言ったよね」


 ティケは片手で回転させていたドラゴンメイスを止めて、地面に突き立てた。それを見た秋水スペクターは醜く舌を出し、自らの胸を叩いて言う。


「言っておくが、、絶対にここから出てゆくつもりはないぞ!」


「…………」


 ティケは、聞いた事もないような長い呪文スペルを詠唱しながら、少し涙ぐむのだ。

 血まみれでキャスパリーグと激闘を続けるカゲマルが、彼女を励ますように声を上げた。


「おお! ティケ殿。やっと召喚魔法を完成させたか!」


 希望の空気が闇夜に吸い込まれる時、校庭に描かれた複雑な魔法陣の上空から、雷光を放つ巨大な光球がまばゆく出現した。


「血の契約に従い、我と共に戦うべし。地獄の猟犬ヘルハウンドよ!」


 ティケが声高らかにドラゴンメイスで横一文字に宙を切った瞬間、光球を押し潰すがごとく黒い犬の姿をした巨大な魔物が躍り出たのだ。


「何ィ? この場に黒妖犬ブラックドッグを召喚しただと!」


 さすがのスペクターも最高レベルの召喚獣の現出に、我を忘れて放心状態となるしかない。


「……かかれ! 奴を食い殺すのだ、キャスパリーグよ!」


 黒き怪猫は、その場を一気に跳躍すると、更に黒い闇のヘルハウンドに牙を剥いて襲い掛かった。

 燃えるような赤い眼光を放つ魔犬は、片目となった幻獣の一撃を軽くかわすと、その喉元に食らいつき地面に叩き付けて首をへし折ったのだ。


 断末魔の叫びを耳にしたティケは、秋水の姿をした魔道師に向かって静かに囁いた。


「可哀想な秋水……。私が今、楽にしてあげるわ……」


「何だと!? 貴様! まさか……!」







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