第41話 魔法使いvs魔法使い


 黒き幻獣キャスパリーグの攻撃は熾烈を極めたが、驚くべき事にヴァンパイア忍者の人間離れした受け流しの技は、その全てを防ぎ切っている。


「野郎! そこか!」


 カゲマルは怪猫を操っている魔法使いの邪悪な影を見定めると、懐から取り出した棒手裏剣くないを全力で投げつけた。

 

「やめて! カゲマル!」


 ティケがそう叫んだ瞬間、小俣に命中するはずだった手裏剣にキャスパリーグが稲妻のように飛び掛かった。

 雷鳴代わりの硬質な音が響くと、幻獣の牙にの握りの部分にあるリングが引っ掛かってブラ下がる。

 

「ティケ殿! 化け猫を操っている、あの魔法使いを叩いてくれ!」


 体術を駆使しながら空中スピンするカゲマルの叫びは、ティケを珍しく躊躇させた。


「私の同級生に取り憑いてて、迂闊に攻撃できないのよ!」


 そう、ディアブルーン屈指の魔道師・スペクターは1組の委員長である小俣の肉体と精神にガッチリ憑依しており、彼そのものの容姿をしていた。スペクターに攻撃を命中させると、小俣の肉体にも直接ダメージを与える事となるのだ。


「むう……! 人を盾代わりに使うとは卑怯なり!」


 ヴァンパイア忍者の言葉に、いやらしくニヤリと笑ったスペクター小俣は、指の間に2個目の水晶球を挟んだ。


「フハハ! どうした? 攻撃してこないのなら、こちらからいくぞ!」


 気味の悪い呪文を詠唱後、控えたキャスパリーグのサイドから魔法による一陣の風が湧き起こる。


「……突風攻撃魔法ファイナルブラスト!」


 ティケは魔方陣が未完成なのをチラ見すると、合掌したポーズから花開かせるがごとく両手を敵に向け、バルブを回すような動きを加えた。


風系防御魔法ブレークウインド!」


 校庭につむじ風のような旋風が一方的に発生。カゲマルを吹き飛ばしながらティケに迫り来ると、スカートを派手に捲り上げた。ちょうどいい太さの美脚が丸出しとなり、思わず赤面する。


「きゃあ! デリカシーに欠けた魔法ね」


「ティケ殿! そんな事言ってる場合じゃな~い!」


 紙屑のように飛ばされたカゲマルは、そんな台詞を残して一旦視界から退場したのだ。

 

 さすがのティケも今度ばかりは手を出しにくい。どうするか考えあぐねている内に、幻獣キャスパリーグの強烈な一撃、そしてスペクターに取り憑かれた小俣の魔法による波状攻撃が飛んでくる。

 スペクターに有効な攻撃魔法を駆使すると、小俣は五体満足でいられなくなるかもしれない。

 

 ――一体どうすればスペクターにだけダメージを与えられるか……?


 防御に徹するティケは、次第に追い詰められていった。同時進行で召喚用魔方陣を形成しているので、手薄になるのも当然だ。


 ――仕方ない……。


 覚悟を決めたティケは、スペクターに乾坤一擲の一撃を加えて無理矢理小俣の体から引っ剥がす算段を立てた。いずれにせよ、このままにしておけば、小俣にとって深刻な事態になりかねないからだ。


「まずは、風には風を! 竜巻魔法トルネード!」


「……甘い! 砂嵐魔法サンドストーム!」


 魔法使いティケとスペクターによる一進一退の攻防がグラウンドで繰り広げられる。

 魔法の力は拮抗し、押しては返す激しい鍔迫り合いが周囲を圧倒し、容易に近付けない爆心地の様相を呈してきた。


 

 激しい戦いが続く中、動きがあった。黒猫幻獣キャスパリーグが牙を剥き、隙を伺いながらティケに飛び掛かかろうと身構えた瞬間、背後にある校門の方から闖入者が現れ、魔法使い同士の勝負に水を差したのだ。


「ティケ! 危ない!」


「……秋水! 今、来ちゃダメ!」


 正門から嵐吹き荒れる校庭に飛び込んできたのは、西田秋水その人だった。胸騒ぎを覚え、図書館から帰宅せず、吸い寄せられるように学校へと戻った彼は、現実世界リアルワールドとは俄に信じられない場面に出くわしてしまったのだ。


 ティケが巨大な黒豹めいた猛獣に襲われそうになっている窮地を、遠くから発見した秋水。向こう見ずな性格では決してなく、どちらかというと臆病者の彼を突き動かした衝動は何だったのだろう。

 とにかく気付けば彼は、危険極まりない闘技場のような校庭へと突入し、キャスパリーグに鼠のように捕らえられようとしているティケを庇おうとしたのだ。


「ぐああっ!」


 幻獣にとって取るに足らない存在の秋水は、車の衝突に比する前足の一閃によって数メートル近く弾き飛ばされると、砂煙を上げながらゴロゴロと転がった。


「秋水!」


 ティケは動揺して隙だらけとなったが、意外にもスペクターから魔法攻撃のラッシュを浴びる事はなかった。……術が完成する前に魔法円からは出られず、秋水の元へすぐには駆け寄れない。

 攻撃の代わりに下衆な男の笑い声が夜の校庭に響き渡ったのだ。


「これは好機! 西田秋水、その魂と体をいただくぞ!」

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