第40話 その名はスペクター
「……やあ、ティケさん、こんな所で奇遇だね。一体夜の校庭に何しに来たの? ようやく僕の事が気になり始めて、出待ちでもしていたのかな?」
小俣はいつもの態度からは、考えられないほど饒舌となり、ティケに馴れ馴れしく話しかけてきた。
「出待ち……そうね。不審な気配を感じて駆け付けてみたけど、同級生に随分な事をしてくれたみたいじゃない!」
セーラー服姿のティケは不用心にも丸腰で、ずんずん小俣に詰め寄ってくる。表情はクールさを通り越して戦う前の表情だ。
「同級生? 違うよ。さっき伸したのは、僕の上級生だよ。陸上部の先輩部員かな」
「戯れ言はよして、スペクター。あんた最初っからバレバレよ。私が今まで気が付かなかったと思って?」
「……だろうな」
「どう仕掛けてくるか様子を伺っていたけど、もう看過できないわ。これ以上放置すると、小俣君の精神が蝕まれて元に戻れなくなりそうだから、今日で終わりにさせてもらうわよ」
ティケは冷たく言い放つと、左手を雲一つない星空に向かって掲げた。
淡い光と共に出現したのは、ティケが魔法の杖代わりにしているドラゴンメイス。それはまるで生きているかのように、ひとりでに空中で動くと、校庭の砂上に魔法陣を描き始めた。
「……フッ!」
小俣は鞄を投げ捨てると、ポケットから大きなビー玉のような水晶球を取り出し、親指で宙に弾いた。素早くそれを薙ぎ払うようにキャッチするやいなや、姿勢を低く構え直し、小声でブツブツと呪文を詠唱し始めた。
「
手の平の水晶球に小俣が息を吹きかけると、何もない空間に渦巻く霧が発生し、やがてそれは目に見える水流と化した。それがティケに向かって津波のように襲い掛かってきたのだ。
「
ティケが右手で盾の形をぐるりと1回転、時計回りの方向で形作ると、迫り来る津波が四方に散らされた。すると流れに呑まれた草木が一瞬にして乾燥し、茶色く枯れ果てたのだ。
「……!」
ティケは見てしまった。逃げ遅れた野良猫が、水流に触れただけでミイラ状にカラカラに果ててしまった場面を。この魔法は見た目とは裏腹に触れた物の水分を根こそぎ奪ってしまうようだ。
「……ハハハ! 魔女の眷属である黒猫がくたばってしまったな!」
小俣の心ない言葉にティケはついに怒りを露わにして、細長い指先を彼にピタリと合わせる。
「もう許せない! あなたにディアブルーン最強の魔法使いの力を思い知らせてあげるわ!」
「……何ィ? ディアブルーン最強だと? 貴様、相変わらず身の程知らずだな!」
スペクターが憑依した小俣の顔は醜く歪み、人としての成りが崩れつつあった。再び水晶球を指の間に挟むと、古代語の呪文を詠唱しながら、死んだ黒猫に向かって水晶球に息を吹きかけた。
「
黒い泡のような物が黒猫の体を包み込んだ時、暗闇に見た事もない大型肉食獣のシルエットが、徐々に浮かび上がってきたのだ。大きさは黒豹を超えて虎以上の体格を持ち、しかも幻獣ゆえの身軽さをも持ち合わせていた。
「呪われしキャスパリーグよ! 傲慢な魔法使いの体を骨1本残さず、貪り尽くすが良い!」
黒紫色の残像を纏う怪猫は、耳を塞ぎたくなるような咆哮を夜空に放つと、右に左に稲妻のような角度で跳躍し、ティケに鋭い爪と牙を突き立てんと迫ってくる。
――彗星のような光芒が一瞬、煌めくと同時に高周波音がグラウンドに響き渡って消えた。
「……佐野影丸、只今参上!」
カゲマルの
「遅いよ! 魔法陣が完成するまで時間稼ぎして!」
「すまない、日没まで待ってたら参戦のタイミングを逃してしまったようだ!」
黒装束に長く垂らした襟巻きと長髪をなびかせるカゲマルは、青白い美貌で一瞬笑顔を覗かせた後、ティケの盾にならんと目にも留まらぬ早さでキャスパリーグに向かっていった。
ヴァンパイア忍者にとって夜間は、最も能力が発揮できる研ぎ澄まされた時間。しかも十分に休養した日没直後なので技のキレがハンパなかった。
超高速の幻獣を相手にしても、一歩たりとも引くことのない攻防戦が展開される。もはや常人の肉眼では追い切れないほどの超絶スピードで繰り返される爪と剣の応酬。
「やあああ!」
カゲマルによる渾身の袈裟切りも、幻獣の黒紫に尾を曳く残像を一閃しただけだった。
上下左右から立体的に攻撃を仕掛けてくるキャスパリーグの攻撃は、その巨躯の重さを全く感じさせない。身軽さでは決して引けを取らないカゲマルは、その爪の払いを手裏剣で返し、牙の引き裂きを空中で叩き返すのだ。
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