第39話 影より出でし者


 放課後になると秋水は、美術部にちょこっと顔を出した後、守山市立図書館へと向かった。

 図書館大好き少女、ティケと一緒に勉強する約束を取り付けたのだ。

 

 最近ティケは秋水の親名義で、ついにスマホデビューを果たした。魔法使いなのにスマホなど必要ないと思われるが……。

 何を隠そう彼女は、人類が生み出した科学の力に対して、自分が持つ魔法の力と同等に敬意を払っているそうだ。ティケにとってスマートフォンは科学力の代名詞的存在らしい。

 大方の予想通り、あっと言う間に使い方を理解して、自由自在に使いこなしているのが凄い。オマケに魔法の力を使って色々チューニングしているそうなので、史上初の科学と魔法のコラボレーションが実現した事になるのかもしれない。

 『鬼に金棒』と言うか、『ティケにスマホ』で現実世界リアルワールドでも最強の座を目指しているのか、と末恐ろしく感じてしまう秋水であった。




『ゴメン、急に外せない用事ができちゃったの(>_<) 先にお家へ帰ってね』


 ティケからのメッセージを受け取った秋水は、図書館の2階の窓から、すっかり暗くなった風景を眺めた。小川を挟んで県立病院が存在するが、多数ある窓には明かりが点いて、まるで不夜城のようでもある。


「ちぇ! ティケにふられちゃったよ……」


 ティケが来てからというもの、学校を休みがちだった秋水は、きちんと登校するようになってきた。勉強にも本腰を入れ始め、現実と向き合う姿勢を見せ始めたのだ。

 これには寺島行久枝も大いに感心したが、これも自分の長年に渡る後押しの成果だ、と秋水の母親に笑顔で主張していたらしい。

 実際に秋水は、異世界から来たティケに無様な姿を見られたくなかったし、何か現実世界リアルワールドでの、お手本のような所を見せたかったのかもしれない。もちろん幼馴染みの行久枝にも、できた所を見せて安心させたかったという向きもあるのだが……。




   ✡ ✡ ✡




 すっかり暗くなった学校の校庭には人影も見られず、部活動の練習があった夕方までの喧騒が嘘のようである。広い校庭の一角には人目に付きにくいスペースも多い。そこには陸上部の練習を終えた小俣と、大柄な2人の先輩達の姿があった。


「オイ、小俣! 聞いてるのか! お前、このごろ我慢できねぇほどムカつくんだよ!」


 かなり背の高い坊主刈りの先輩が息巻く。更にニキビ面の強面先輩も続いた。


「ちょっといい記録を連発したからといって、調子こいてんじゃねェよ! 天狗になってんじゃねェのか、コラ!?」


「それに何だ!? 会って挨拶もしないどころか、人を馬鹿にするような態度ばかりしやがって。指導しても、ここまで無視するような奴は初めてだ!」


「もう俺達、大目に見てやんのも限界なんだよ! 顧問の先生は頼りになんねェし。て言うか、痛い目に遭うまで分からねェのかァ!?」


「女子からチヤホヤされて、いい気になってんじゃねーよ!」


 ついに興奮した先輩が小俣の胸ぐらを掴みかかり、制服のボタンが弾け飛んだ。


「……天狗? それは東洋の魔物の事か? 少し違うな……」


 それでも表情を変えない小俣の、若干薄ら笑いを示す口元を見て、先輩は怒りを増してキレる。坊主刈りから透けて見える頭皮が真っ赤となり、小俣を力任せに両腕で締め上げ始めたのだ。


「ぐわっ!」


 目に見えない不思議な力が発生し、デカい先輩が磁石に反発されたように数メートルは吹っ飛ばされた。


「……小汚い手で俺に触れるな」


「何だと!? テメエ!」


 ついに強面の先輩が瞬発力を発揮して、小俣に殴りかかってくる。……が、まるでリモコンの一旦停止ボタンを押されたように、その場で動きが固まってしまった。


「えっ! 何だ!?」


 小俣の右拳がニキビ面に叩き込まれた。軟骨を噛んだ時のような、イヤな音が発生したかと思うと、先輩は顔面から砂だらけの地面へと滑り込んだ。


「ぎゃあああ!」


 続けざまに坊主刈りの頬にも小俣の右ストレートがヒットしたが、グズッとした考えられない感触と共に鮮血が彼の顔に迸った。


「……何とも人体という構造は、まっこと脆き物であるな」


 小俣の右腕は最初の一撃で、とっくに粉々になっていたのである。

 手首がプランプラン。

 開放骨折して橈骨だか尺骨が皮膚を突き破って外に飛び出していた。それらが槍状となって先輩の頬に突き刺さり、大穴を空けて大出血をもたらしていたのだ。


「ひ、ひゃああああああ!」


 先輩方2人は奇声を発しながら取り乱し、死に物狂いで暗い校庭を走り去った。


「……回復魔法レストレーション!」


 小俣が短い呪文を詠唱したと同時に、開放骨折していたはずの手首が元通りに戻った。


「…………」


 何事もなかったかのように鞄を背負い、校門を目指した小俣の前に、見覚えのある人影が現れた。

 夜のエントランスから制服姿で歩いてくる少女は、南中の2大スターのもう片方、ティケ=カティサークその人であった。


 

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