第34話 課外授業 その2


 動揺を隠しきれない秋水は、漫画のような有り得ないシチュエーションに、口をパクパクして固まってしまう。

 秀島先生の顔は30年ほど若返っており、まだあどけないが、人生経験に裏打ちされた色っぽい身のこなしで、ここまでセクシーになるものなんだ、と大いに感心した。

 

 メガネの奥で瞬く先生の目は、少女でありながら妖しく潤み、胸元に至る肌は紅潮していた。はだけたシャツが上下し、ちょっと息づかいが荒い感じがする。


「西田君は紳士だよね……。着替えを手伝ってくれないかしら?」


 蜂蜜メープルシロップのような甘い声に、秋水は思わず仰け反った。そのせいでタイトミニスカートを着けている秀島先生の絶対領域……両脚の隙間から何かが見えそうになる。


「い、いくら英国紳士といえど、女性の着替えまでは手伝ったりしませんよ……」


 そんな事を嘯いても先生は丸椅子に腰掛けたまま、足首を使って左右にキィキィと振り子のように遊んでいるだけであった。

 全力を尽くして視線を逸らそうとするが、悲しい事に男の性なのか、どうしてもパンチラが気になってチラ見してしまう。すると意味ありげに微笑を浮かべる秀島先生は、あろう事か椅子の上で片膝を立ててしまった! 

 高級生食パンの白い部分に匹敵するような、ムッチリ感のある太ももの奥にあるデルタ地帯。やっぱり上下共お揃いのオレンジ色でした。

 14歳の多感な少年は、のぼせ上がって頭がクラクラとしてくる。


『うっ! 落ち着け、自分! 先生の正体は、母さんよりも年上のはずなんだ……』


「じゃあ、西田君。今日は水泳部の顧問として、ちょっと泳ぐつもりなの。水着に着替えるけど、少し後ろを向いててくれるかしら?」


「プールは今の季節、シーズンオフのはずでは? 自分はそろそろ失礼します」


「ああん! 逃げちゃダメよ。ここにいて」


「勘弁して下さいよ……」


 有無を言わせず、背を向けた秋水の後ろで、大胆にも脱ぎ始めた。

 脱いだシャツをハンガー代わりに秋水の頭に被せてくる。すると今までに嗅いだ事もないような、香水の匂いに包まれた。おまけに今しがた外したばかりであろう、生暖かなブラジャーが右肩に引っ掛けられたのだ。

 耳をすませばファスナーを降ろした後に、タイトスカートがストンと足元に落ちたような音がする。

 被せられたシャツのせいで見る事はかなわなかったが、左肩にはオレンジ色のショーツが乗せられたのかもしれない。


『うおお! 先生は一体、何をしてるんだ? ……て言うか、もう限界だ!』


 とうとう鼻血が吹き出す5秒前の状態になった。そんな秋水の頭から、ついにシャツが取り除かれる。


「うわ! 先生!」


 反射的に振り向いてしまったが、秀島先生は早業で学業用のシンプルな水着に着替え終わっていた。


「お待たせ。どうかしら、私のスタイルは? 西田君には刺激が強すぎたかな?」


「からかうのもいい加減にして下さい! 本当に何がしたいんですか?」


 真っ赤になった秋水が拳を上げて抗議すると、余裕だった先生の顔が急に真剣味を帯びてきた。


『マズい! 変なスイッチを押してしまったか』


 一瞬後悔したが、秀島先生の腕が自分の肩まで伸びてくるのを感じた。


「西田君、大変。もう一つお願いができちゃったんだけど」


「えぇ!? ……今度は何ですか?」


「水着の中にある胸の位置がおかしくて苦しいのよ。胸のポジションが悪くて違和感アリアリだわ。君が直してくれないと困るの」


「困るのは僕の方ですよ! そのくらい自分で直して下さい!」


 秋水は半ギレして、さっきより大声で訴えた。

 だが先生は、秋水の言葉を無視するかのように肩の上に置いた右腕で彼の左手首を掴むと、両手でガッチリ保持しながら自分の水着の胸元から中に手を突っ込ませた。


「うわぁ!」


 生まれて初めて直に触れる、母親以外のリアルな女性の胸。しかも相当にデカいぞ!


『何だこの筆舌に尽くしがたいスベスベでモチモチの感触は? これが、これが……あの噂のおっぱいという物なのか! 上乳だけでこの柔らかさとは、正にファンタスティック。それにしても、この何とも夢心地で神に祝福されたような手触りと言ったら……』


「西田君、そんなに乱暴に扱わないでよ。意外と積極的なんだ~」


「はっ!」


 秋水は我に返ると、鷲掴みにしていた右手を先生の胸元から引き抜いた。秀島先生は屈んだままで、なおも谷間を見せつける。


「フフフ……どうするの? もっと?」


「も、も、もういいです!」


 震えながらも何とか言葉にすると、西田秋水は美術準備室を飛び出した。まるで見えないドアを突き破っていくような勢いだ。


「あ! ちょっと待て――! ……と言っても、すでに聞こえないか」


 秀島先生は水着姿のまま頭を掻くと、2人に分身した。正確には分かれたもう1人はサキュバスだった。先生の方は、気を失ったようにその場に倒れる。


「この女の深層心理を目一杯に引き出して迫ってみたが……。所詮はウブな中学生か。身も心もとろけさせて憑依するには至らなかったな。……どうせ聞いてんだろ、スペクター?」


 サキュバスは獲物を逃がした腹いせに、倒れた先生の尻をパンプスで蹴飛ばした。


「あのガキを落とすには、もっと身近な人間の方がいいかもね……」


 忌々しげにそう言い残すと、サキュバスは秋水の後を追って準備室から消えたのだ。




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