第33話 課外授業 その1
ここは日当たりの良い1組の教室。西田秋水が帰り支度を始めた時、クラス委員長の小俣が声を掛けてきた。
「西田君、担任の秀島先生が放課後、美術室まで来いってさ」
小俣君は秀才で、しっかり者である。陸上部で背も高く、整っているので女子からも結構人気がある。
「……? 何でだろう。秀島先生は、美術部の顧問でも何でもないのにな」
秋水が首を傾げていると、小俣君が辺りをキョロキョロ見回しながら深刻な顔をして近寄ってきた。
「西田君、ちょっと訊きたい事があって……」
「はぁ、何でしょうか?」
普段あまり喋る事もない委員長から真顔で声を掛けられて嬉しいような、小っ恥ずかしいような……。
「あの~、ほら、ティケさんの事なんだけど」
「ティケ? 3組の彼女がどうかしたの」
「いやぁ、彼女は西田君の遠い親戚だって聞いたんだけど……。そこで君に頼みがあるんだ」
「うんうん、何かな」
「もし、ティケさんに付き合っている人がいないのなら、是非とも僕を紹介してくれないかな?」
「ええ! つまり委員長はティケの事が好きで、お付き合いしたいって事?」
「しーっ! 声が大きい! つまり端的に言うと、そういう事だ。何とかお願いできないかな?」
「う~ん……」
勉強と陸上競技にしか興味がないと思っていたのに、なかなか遣り手な人だ。秋水は暫く考え込んだ後、興奮気味の彼に答えた。
「委員長には白状するけど、実はティケと僕には血の繋がりなんてないんだ。だから、男らしく君自身の力で彼女に告白したまえ」
「ええっ!? じゃあ便宜上、親戚って事にしてるだけ? そうだったのか、それにしても仲良すぎない? ちょっと羨ましいぐらい」
「まあまあ、この事は内緒にしておいてくれよ」
「分かった。もちろん僕からの話も……」
「黙っておくよ。これは男の約束な」
小俣君は信用に足る男である。秋水は委員長に別れを告げると美術室の方へと向かうのだ。
✡ ✡ ✡
早すぎる時間帯なので美術室には人の気配もなく、静まり返っていた。鍵も開いていないだろうと試しに軽くドアノブを回すと、意外にもロックされていない。部屋には蛍光灯も点いてないのに。
「失礼します……」
秋水が誰もいないガランとした美術室をつぶさに観察すると、やはり無人であった。独特の匂いを嗅ぐと、ちょっと前にティケとここで話した記憶が甦る。
「西田秋水君」
準備室の方から秋水の名を呼ぶ担任の声が聞こえる。
1組のクラス担任で水泳部顧問の秀島先生は、秋水と同年齢に見えるまで若返っていた。
ミドルティーンの顔立ちだが中身は熟女。一部のマニアックな層から絶大な人気を博していると聞く。超常現象後に株が上がり、急激にモテまくるようになったタイプの1人だ。
人生何が起こるか分からない。人生最後のモテ期を迎えた彼女は今、多方面から求婚されている事実を自慢していた。ついこの間まで結婚相手に恵まれず、焦っていた状況が嘘みたいである。
「はい、先生……、西田です。今日は一体どういった用件で、こんな所に呼び出されたのでしょうか?」
丸椅子に座る秀島先生の服装は、いつにも増して大胆だった。大きな胸でぱっつんぱっつんとなったシャツに黒のタイトスカートとニーハイ。黒縁メガネに薄い口紅、それとチャームポイントでもある口元のホクロはいつも通りだが、何だか色っぽさを強調する。
「実はね、水泳部の更衣室の鍵が壊れていて、今日はここで着替えさせて貰おうと思って……」
「はぁ?」
全くもって不可解、極まりなかった。なぜ美術部の幽霊部員である秋水に美術準備室を使用する許可を得ようとしているのだろうか? そもそも何でまたこんな所で着替え? わざわざ自分を呼びつけたのは、どうして?
思考が纏まらず、混乱するばかりの秋水に追い討ちをかけるかのごとく、秀島先生は更に言葉を続けるのだった。
「ふふふ……、西田君、今日は部屋に2人っきりだね」
「そうですね。なぜなのか、誰も来る様子がないと言うか……」
だんだんイヤな予感がしてきた。ひょっとすると、この妙な空気の流れは……。
「今のうちに言っちゃおうかな。先生はね、前からキミの事を……」
「ま、前から僕の事を?」
「カワイイ人だな~って、ずっと、ず~っと思ってたの」
「それは、ありがとうございます」
気のせいか童顔の先生は、シャツのボタンを上から1個1個外していくように思えた。窮屈さから逃れたがっていた胸は、弾けるように解放されたかと思うと、そのカラフルで素晴らしいデザインのブラを露出させたのだ。
「私ね、教育者として決して表には出さなかったけど、本当は年下の若い男が大好きなの。好きで好きでたまらないのよ。今なら、今の姿ならば、きっと秋水君とも釣り合ってるよね……」
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