第32話 侵入者
校舎の屋上は清掃の手が回らない事から、あちこち錆びたり痛んだりしている部分も多い。湿った場所には雑草が伸び、苔まで生えてくる始末である。
男女一律14歳の姿になった世界にて、例外的に大人の女性がいる。
無人の屋上という周囲の環境と相まって、凄まじき違和感。
どこのモデル事務所から派遣されてきたのかと見紛うほどのスタイル。
Dカップの黒下着が透けて見える薄いピンクのハイネックノースリーブニット。その下に白い巻きスカートを膝丈まで伸ばしている。
美しい女はパンプスの踵を鳴らして柵から数歩後退した。
「ふふ……、見付けたわよ、ティケ=カティサーク。西田秋水を辿れば一発ね。……それにしても、私は真夜中の住人であるからして、長く日光を浴びるのは苦手だわ」
すぐ傍には死神を絵に描いたような灰色のローブと頭巾を身に纏った怪人が、数センチ空中に浮いていた。
なぜか周囲の風景には、はっきりとピントが合っているのに、その怪人だけがピンぼけになっており、足元には黒いモヤが掛かっていた。
「……それは私とて同じ事だ。夢魔と呼ばれるサキュバスならば仕方あるまい」
サキュバスは豊かな胸を抱えるように腕組みすると、ウエーブが掛かった長い茶髪を揺らした。
「さて、将をナントカするには先ず馬からって言うし、私はキーパーソンとなる西田秋水から攻めてみるわ。スペクター、アンタはどうするつもりなの?」
スペクターは頭巾で隠した幻影のような素顔の奥から紅い眼光を覗かせるのだ。
「……すでに察知されているやもしれぬ。まずは様子見からというところか」
「あら、残念。魔法使い同士の対決を見るのを、とっても楽しみにしていたのに」
サキュバスがルージュを引いた唇を尖らせると、スペクターは右手の中で転がしていた水晶球を止めた。
「……私は魔界の魔道師にて、人間ごときのウィザードやウィッチに後れを取るような事はあり得ない」
「そうかしら……忘れたの? そもそも先遣破壊掃討隊の
「……何が言いたい?」
「別に。裏切り者とはいえ、ティケは人間の魔法使いなんじゃないの?」
頭巾に隠されたスペクターの表情は見えない。当然、その感情も推し量れない。
右手で弄んでいた水晶球を握りしめると水晶球に深い亀裂が入った。鋭角三角形の長い爪の間から粉々になった水晶片がこぼれ落ちる。
「……
尖った黒爪の付いた5本の指先から、それぞれ蜘蛛の糸のような透明で太い繊維が高速で放たれた。
「きゃあああ!」
親指から射出された蜘蛛糸は、スカートを穿いたサキュバスの脚の間を通って反転すると、後頭部を越えて垂直に巻き付いた。残りの4本は、ぴったりとしたノースリーブニットで強調された乳房の上下を絞り上げるよう、水平に巻き付いてきた。
「うっ!」
縦の蜘蛛糸は、サキュバスのスカートをめくり上げるように両太ももの付け根をグイグイと締め、彼女を爪先立ちさせた。同じように横の蜘蛛糸は、ノースリーブで剥き出しになっている二の腕や脇腹の柔らかな肉をゴムバンドのように寄せ上げる。
「仲間割れは、や、め、て……! ヤマナン様に言いつけるわよ」
「……たかが女淫魔の分際で何を言うか。自分の立場をわきまえるがいい」
薄いニット生地から透けるバストと、蜘蛛糸の深く食い込んだヒップが苦痛により、ぶるぶると悩ましく揺れた。
「放して……! スペクター!」
「……ヤマナン様は、無類の女好きとの噂。女が多く起用されるのは、単純にそういった理由からだ。サキュバスよ……、インキュバスではなく貴様が選ばれたのも同じ事よ」
「分かった! 分かったから、もう解いてよ」
サキュバスは乱暴に拘束から解放されると、力なく四つん這いとなり、苦しげに息を整えるしかなかった。
「……貴様の能力と活躍を陰から見させて貰うぞ」
スペクターは高笑いと共に、手足の先の方から黒い霧状に拡散してゆく。後には笑い声しか残されなかった。
「ちきしょう! 覚えてろ! ぜっっったいに助けてやんねえ。一緒に戦うのも願い下げだ!」
そう言いながらサキュバスは、めくれ上がったスカートの裾を戻し、着衣の乱れを直すと、手足の砂を払い除けたのだ。
陽光に橙色も混じる頃、サキュバスも瞬間移動を使ったのか、後に何も残さず消え失せた。
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