第31話 午後の紅茶なし


 ティケは徐々にクラスの中心人物となりつつある。このままいけば、学年一の人望を集めて生徒会長の座も狙えるかもしれない。

 勉強もスポーツも優秀で、とても長期療養から復帰直後の生徒とは思えなかった。

 秋水など、あっという間に全ての方面において追い越され、置き去りにされている感じだ。

 あの寺島行久枝もティケの実力を認めざるを得ず、自分が所属するバレーボール部の後輩部員獲得のために、前例のない中途入部を画策しているほどである。

 

『すごく可愛い女子がいるらしい』


 わずか一週間ほどでティケの噂が広がって、他校の生徒が校門まで用もないのに見物に来たり、果ては近所の男子高校生や中年のおっさんが写真撮影しようとしている目撃談まで飛び交っている。


 当然のようにティケが親密にしている秋水にも注目が集まったが、遠い親戚で両親が保護者になっているだけだ、と頑なに主張し続けた結果、妙に納得されたので今のところは一安心だ。

 仮に付き合っている彼氏などと嘘でも公言してしまえば、くだらない嫉妬が湧き起こって、からかわれたり足元をすくわれる対象となってしまうかもしれない。


 5時間目の授業が終わった時、秋水は少しだけティケと話す機会を得た。新棟と旧棟を繋ぐ最上階の渡り廊下は、意外と人気も少なく都合が良い。


「カゲマルは昼間何してんだ?」


「私の部屋の押し入れで寝てるよ。全室遮光カーテンなんだけど、それでも日光が入るから閉じこもってる感じかな」


「押し入れって……。とあるマンガのキャラクターみたいだな。吸血鬼ヴァンパイアって、やっぱ大変なんだ」


「こっちの世界には、良い棺桶がないってボヤいてたしね。自動車のトランクも試してみたけど、目が覚めたら全然知らない土地まで連れてかれてて、かなり焦ったそうだよ」


 それにしても……キモイケメンとはいえ、若い男子であるカゲマルがティケと一緒に暮らしている事実に、少なからず秋水の心はざわめいた。相手に勘付かれないよう、さり気なく問い質してみようとする。


「カゲマルってさ……、ディアブルーンではただのプレイヤーの1人だって思ってたけど、実際は何なの? て言うか、君との関係は?」


 風景を眺めていたティケは向き直ると、最初きょとんとしていたが、すぐに秋水が気にしている事を悟った。


「へへぇ、カゲマルと私の関係が気になるんだ。秋水でも気に掛けてくれてるのかな?」


「何だよ、そのジト目で半笑いの顔は!」


「ふふふ……秘密って言いたいところだけど、君になら特別に教えてあげるよ。カゲマルとの関係性ね……。実はお抱え忍者として私と主従関係、お目付役って感じかな……違うかな」


「そうなのか……。つまりティケの方が雇い主という事で……」


「安心して! 別に思い人でも思われ人でもないから」


「何だよ! 俺は、そんな事を訊いた訳じゃ……!」


 顔を赤くして、つい声を荒げてしまった。

 ティケはびっくりしたような表情を浮かべていたが、徐々に花がしおれていくように俯くと、前髪で顔を隠してしまったのだ。

 彼らしく動揺する秋水。ティケは柵に両手を掛けたまま、地上の方を見下ろしている。

 

 気まずい沈黙が続き、いたずらに時が過ぎた。もうすぐ6時間目の授業が始まってしまうというのに。


「ティケ……」


 秋水がセーラー服の肩に優しく触れた時……。


「あん! いや――! ダメぇ!」


 囁くような押し殺した声に、意表を突かれた秋水は、目を見開いて驚いた。 

 見るとティケの胸元から真っ白な毛玉が、ぴょんっと飛び出してきたところだった。……そいつには手も足も顔も目玉もなく、本当にタンポポの綿毛のような白い毛玉だったのだ。


「うわ! 何だコイツは!」


 一歩引いた秋水に向かって、玉子大の白い毛玉はフワフワと風に吹かれるような宙を泳ぐような仕草を見せた。これは、まっしろしろすけなのか?


「ゴメン、驚かせちゃったかな。紹介するわ、ケサランパサランの『ケパ』です。カワイイでしょ」


「ケサランパサラン?」


「幸運を呼ぶとされているミニモンスターよ。ブラの中に入れて連れてきたんだけど、ちょっと悪戯が過ぎたみたい。我慢できなかったわ」


 西田秋水は、ちっちゃな毛玉妖怪だというのに、軽く羨んでしまった。コイツは巨乳中学生のブラジャーの中で、一体何をしていたというのだ? 何をどう悪戯したのか、胸の膨らみを凝視しながら思わず数秒間妄想した。


「オハヨ、シュウスイ」


「うわ! 喋った! もう午後だけど」


「頑張って言葉を教えたの。おしろいを食べて育つんだけど、ないから無添加のファンデーションを与えているわ」


「へ、へ~え、そうなんだ……。初めて見たよ」


「ディアブルーンではラビットフットとも呼ばれてるけどね。触ってみて! フワッフワのモフモフでしょ? 超気持ちいいよ」


 魔法少女には、小さくて可愛いらしいマスコットキャラクターが付き従うのが定番だが、ティケにはケパというマスコットキャラがいたのか……。

 秋水の頭の上でケサランパサランのケパが元気に飛び跳ねた。


「コノヒト、エロイ。カナリ、エッチ」


「う、うるさい!」




 微笑ましい会話を、密かに盗み聞きしている不審な黒い影が学校の屋上に揺れていた。それは出入禁止のはずのスペースで、不気味に二筋の長い人影を呈していたのだ。







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