悪魔が来りて影隠す

第30話 運営はかく語りき


 オンラインVRゲーム『ディアブルーン』の運営母体であった株式会社・電気エレクトリックブランの本社は、東京都新宿区中央線沿いの、とあるビルの最上階の一角を占めていた。

 多くのIT企業がそうであるように、世界的な規模で展開している情報・通信業における上位企業の本拠地としては、かなり控え目な存在感である。

 塵ひとつ落ちていないようなオフィスを満たす社内の空気は血気盛んそのもので、短期間のうちに上り詰めた新進気鋭の企業らしく、スタッフの多くも若手で占められている印象がある。あの日の奇跡以来、社員は一律中学生の外見なので当たり前ではあるが。


 黒基調の上品なスーツに身を包んだ電気エレクトリックブラン代表の山名CEOは、デスクの専用端末上に羅列された数字のデータに目を通しながら、恰幅のいい古河専務に尋ねた。


「先日閉鎖されたディアブルーンのサービスに関する当方への影響は?」


 14歳でも老け顔の古河専務は外見上、山名代表よりずっと年上に見える。ビジネスを取り仕切る立場では、若すぎると軽く見られるなど都合が悪いので、付け髭をしたり年相応にわざと白髪に染めるまでして若作りならぬ老作りしている者も多い。


「世界的な顧客離れによる深刻な利益損失を計上してはおりますが、現在傘下の仮想通貨部門による懸命な損失補填作業をグループ企業間にて試みている最中でありまして……」


 古河専務の言葉に、芸術写真雑誌の表紙めいた青白い美男子が続けた。


「実質的な運営管理は、引き続き古河君に任せておいても問題ないという事かな」


「……今の所は。もう暫くの間、様子を見させて下さい」


「まだ介入する気は、ゆめゆめ持ってないがね。ところで、あちらの方はどうなっている?」


「むしろ、そちらの方面こそ自分には門外漢でありまして、担当の部署によりますと……」


「いや、全て君に任せるには荷が重すぎるというものだ。かいつまんで報告してくれたまえ」


「自分が把握しているのは、ライカンスロープとバーサーカーが挑んで失敗に終わったという事だけです」


「その顔ぶれならば、仕方あるまい……。彼女のレベルは現時点で、どの程度なのだ?」


「レベルは99を示しています。レベルの表示は2ケタまでとなっておりますので上限の状態と言えるでしょう。ただし実際のレベルは、3ケタまで表示できると仮定いたしますと500超えの700から800ぐらいが妥当かと」


「実際には計測不能とも考えられなくもない。面白い、次は頭脳派を選抜して送り込もう。スペクターおよびサキュバスといった面子でどうだ?」


「はっ! 魔法使いの潜伏場所は、すでに割れております。チップの振込先とみられる西田秋水なる地方都市在住の中学生の身辺です」


「ほう、プレイヤーはまだ中学生なのか。それほど若いとは、現代的と言うかネット社会らしいな。だが、そうと分かれば、すでに時間の問題と言えるものか」


「早急に手を打ちますゆえ……」


 まばらで薄い口髭の古河は資料を置いて報告を終えると、足早に自分の部署へと戻っていった。




   ✡ ✡ ✡




 西田秋水は制服姿のティケと連れだって南守山中学校に登校してきた。正確には隣のクラスの委員長である寺島行久枝もいたので両手に花の状態である。

 保護責任者となっている彼の両親から、慣れるまではティケをサポートするように言われているので、色々と世話を焼いている。どうやら当面の生活費は、モンスターを倒した際に入金されるチップを現金化して賄っているようだ。


「秋水! 待ってよ」


 駐輪場からはティケが秋水に追いすがろうと躍起になるが、スタスタと先を行く彼の間に神妙な面持ちをした寺島行久枝が、さり気なく割り込んでくる。


「ちょっとは、気を遣いなさいよ」


「何、どういう事?」


「朝っぱらから中学生が、男女でイチャイチャしてると何かと面倒な事になるのよ。分かるでしょ?」


「う~ん、分かんない……かな!」


 クラスメイト達から冷やかされるのが苦手な秋水は、目立つティケと一緒にいると、どうも落ち着かないのだ。内心は命の恩人に対して素っ気ない態度を取るのは申し訳なく思ってはいるが、学校で自分の立場が悪くなる事は何としても避けたかった。

 暫くするとティケの方も考えてくれたのか、皆の前で積極的にちょっかいを掛けてくるような事もなくなってきた。それでも油断していると腕を掴まれて、わざわざ遠い所にある女子トイレまで付き合わされたり、購買部のパンを買ってきて欲しいと笑顔でせがまれたり、まだまだ安心はできない。


「なんで、俺が……クラスも違うだろ」


「まあまあ。今も昔も同じパーティーのメンバーじゃない」


「ゲームと現実の世界を、いやプライベートまで一緒くたにするなよ」


 そんな会話をしながら校庭に出ると、1年生の女子達がティケに向かって手を振ってきた。


『ティケさ~ん!』


 秋水はまるでオマケのような自分の立場を痛いほど実感する。


 ――う~ん、マジで全てにおいて規格外、末恐ろしいほどの人気ぶりだな……。


 

 

 

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