第29話 キモイケメン誕生


 まるで死人のような顔をしたカゲマルが、ふらつきながらも歩き始めた。


「う~、久しぶりに死んだ。気分悪りィ~」


 雨はいつの間にか止み、街灯も復活して旧街道沿いのシャッター商店街は息を吹き返した。

 現実世界リアルワールドにおいても勇者アスカロンこと西田秋水、魔法使いティケ、ヴァンパイア忍者カゲマルと3人揃った事になる。ディアブルーンの世界では勇者パーティーに、あと1人いたのだが……。


 ティケはダメージ回復を促進させるため、ドラゴンメイスを十字に切ると、カゲマルに回復魔法ヒーリングをかけたようだ。


「ご無沙汰ね、カゲマル! あなたもこっちに来たんだ」


「ああ、君を追いかけて、ここまで辿り着いたのだが、おかげで色々と散々な目にあったよ」


 カゲマルは手拭いを取り出して汚れた顔や服を拭いていたが、忍者装束の破れまでは戻らない。

 秋水と行久枝は、助けてくれた忍者と魔法使いに感謝の言葉を述べながら、固い握手を交わしたのだ。

 ティケは、さも当然の事をしたまでといった感じである。


「いいって、いいって。さあ、もう帰ろっか、秋水。濡れたまんまじゃ、風邪ひいちゃうよ」


「血まみれの俺は風呂に入りたいな。秋水殿、いいかな?」


「お安い御用って言いたいとこだけど、両親がカゲマルの服を見てビビるだろうな……」


「じゃあ、私の家に来れば? まだお風呂、温かいはずだよ」


 秋水はティケの部屋にカゲマルが入り、あまつさえ彼女が入った後の湯船に浸かる事にちょっとしたジェラシーを感じた。

 2、3歩ぐらい歩いた所で目眩がしたのか、カゲマルは寺島行久枝に寄り掛かった。


「……? カゲマルさん?」


「ああ、出血が酷かったのか、血が足りない。血が欲しい~」


 秋水は行久枝に彼が吸血鬼である事をバラした。常識的な彼女には信じ難いといった表情だが、ここまで一連の超常現象を突き付けられたら受け入れるしかあるまい。

 イケメンの吸血鬼が言うには、血を吸われても伝説のように吸血鬼化する事はないらしい。


「どうしても血を吸いたかったら、俺のを吸えよ」


「いや、男に口を付けるのは、ちょっと気持ち悪い。やっぱ綺麗な女性でないと」


 呆れる秋水の隣で寺島行久枝がモジモジと小声で話した。


「カゲマルさん、助けて貰ったお礼に、ちょっとだけなら……いいかも。まあ、献血だと思えば」


「オイオイ、行久枝ちゃん、マジかよ」


 犬のように尻尾を振った(ように見える)カゲマルは早速、行久枝にジャージを脱ぐように言った。


「……え?」


「実は……。俺は乳首からしか血を吸えないヴァンパイアなのだ。さあ! ブラを外したら片っぽだけでいいから、おっぱいを出して下さい」


「や――! キモい! キモすぎるよ、カゲマルさん! もう最・低! 一気に幻滅しちゃった!」


 ドン引きして胸を両腕でガードした寺島行久枝は、顔を真っ赤にして激怒した。委員長はクソ真面目だから、カゲマルが冗談で言ったとしても許して貰えないだろう。

 クスクスと笑ったティケが、ドラゴンメイスを小さくして、かんざしのように髪に差しながら言った。


「寺島さん、騙されちゃダメよ。カゲマルは血を吸わなくても生きていけるから。ヴァンパイアの吸血は、人間で言うと飲酒みたいなモノかしら? 楽しく生活していくためには不可欠だけど、かといって別に飲まなくても死ぬ事はないっしょ……」


「酷い! カゲマルさん! 信じられない! もうちょっとで言う通りにするとこだったわ」


「おいおい、幼馴染み殿~、そりゃあないぜ……。それじゃあ代わりにティケ殿……」


 カゲマルはティケの指先から放たれる電撃を食らって黒コゲとなり、長髪がアフロヘア状に爆発する。


 他に類を見ない、ニュージャンルのキャラクターが成立した。長髪で整った美男子なのに気持ち悪い。キモいイケメン男子……、キモイケメンの爆誕である。


 アホなカゲマルを真似したのか、今度はティケがふらついて秋水に腕を伸ばした。両腕で大事そうに抱えていた、盾と革の鎧が重すぎたのかもしれない。


「えっ! ……大丈夫か? ティケ!」


「ごめんね、今日はちょっとMPを使いすぎたかな」


「しっかりしてくれよ」


 秋水はドロップしたアイテムを受け取ると、ティケに肩を貸してねぎらいの言葉を掛けた。自分の寿命を削ってまで、助けてくれる人がいるだろうか。


「へくちッ!」


「ぐあっ!」


 ティケのくしゃみが、秋水の顔面をかすめた。


「ひょっとしてティケ、湯冷めして本当に風邪ひいちまったのか?」


「ううん、そうでもないよ。気にしないで」


 彼女はとんがり帽子を脱ぐと、昔観た映画のヒロインのように和やかに笑った。


 仲良く会話する秋水とティケを見て、何やら複雑な表情を見せたのが寺島行久枝。大人しい委員長らしくなくイライラが募り、明らかに不機嫌となった。マンションまでの帰り道、自転車を押しながらカゲマルに小言をぶつけて八つ当たりするほどだ。


 秋水は思った。確か行久枝ちゃんから大事な台詞を聞いたような……。

 小声だったけど、何だったっけ? 

 あまりに状況が逼迫していたので、よく聞き取れなかったのだ……。

 好き……? まさかね。いや、好きだと!?

 

 だとしたら俺は……。


 


 

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