第28話 狩るか狩られるか 


「あら、あなたに裏切り者呼ばわりされる筋合いはないけどね!」


 殺意剥き出しの狂戦士バーサーカーを前にしてもティケは落ち着き払っていた。ゲームの世界ディアブルーンでも確かそうだったな、と秋水は思いを馳せる。

 

 小雨の中、ティケは少し困ったような表情で、秋水に語りかけた。


「ごめんなさいね。危機は察知していたんだけど、あいにく入浴中で……。インターホンが鳴った時も、まだ湯船の中だったのよ。女の子は着替えに時間が掛かるのを分かって」


「……ああ」


 秋水は何事もなかったかのようなティケの態度に、ただ頷く事しかできずにいた。


「これでも私、色々すっ飛ばして出てきたのよ。髪も濡れたままだし、下着も穿いてきたかしら?」


「ティケ、実はカゲマルが……」


 ついに狂戦士バーサーカーがブチ切れた。その象牙色の犬歯を剥き出しにして怒鳴り散らす。


「……オイ! テメエらいい加減にしろ! 今から仲間のように頭をかち割って、中身をブチまけてやる!」


 ティケの顔から優しさが消え、代わりに無慈悲な微笑を帽子の下から魅せつけた。


「あなた! この私を『ディアブルーン最強の魔法使い』と知らずに言ってるのかしら!」


 長いドラゴンメイスの先端を突き付けられた狂戦士バーサーカーの怒りは、最高潮に達する。


「やかましい! 殺ってやる! バラして裸にひん剥いてくれるわ! この小娘が!」


 ロケット弾のように飛び出した狂戦士バーサーカーは、ティケに向かって襲い掛かってきた。力みなぎるモーションで巨大な斧の刃先を光らせる。


凍結魔法フリーズ!」


 ティケがドラゴンメイスを濡れた地面に突き立て呪文スペルを唱えた瞬間、地表から白い氷柱がつらら状に伸び、ドミノ倒しのごとく狂戦士バーサーカーにまで達した。

 そして液体窒素並みの冷気に敵が触れたかと思うと、一瞬にして凍り付き、銅像のように斧を振りかぶったポーズのまま半身がガッチリ固まってしまった。


「げぇ! 何をした!? 全く動けん!」


「まだまだ!」


 ドラゴンメイスを天に向かって掲げたティケは、舞を舞うような仕草と共に古代語で呪文スペルを詠唱し始めた。徐々にメイス先端に取り付けてある竜涎石に光が宿ってくる。


「……秋水! ちょっと伏せておいて」


 呪文スペルの最後に自分の名を呼ばれ、はっとした彼は、小雨で冷やした頭の中に考えが巡った。

 

 ――ひょっとすると、急に天気が変わって雨雲が湧き出してきたのは……、ティケ、君の能力なのか? 魔法の力で天候まで操っているとしたら凄すぎる。登場が遅れたのは、セッティングに時間を要した理由もある?


 それよりもティケ……、君は確か魔法を使いすぎると、HPが0になって死んでしまうのでは……!


 

 今朝までティケの事を普通のクラスメイトだと思っていた寺島行久枝は、混乱しているのか何が何だか分からない様子で狼狽えている。


「あの子、ティケさんだよね? やっぱそうだよね? でも何か戦ってるし、一体何なの?」


「俺にも分からないが、見ての通り魔法使いだよ。あっちに避難するぞ」


 民家の影に隠れる2人を見届けたティケは、両腕をクロスさせると、軽く息を吸った後、掛け声のように言い放った。


極大雷撃魔法アルティメット・サンダーボルト!」


「ティケ!」


 秋水の叫びが闇に吸い込まれるより早く、稲妻が守山市上空を駆け巡り、街をフラッシュ光に包んだ。


「ぐわアアア!」


 頭上に斧を上げたまま固まってしまった狂戦士バーサーカーの右腕めがけて、ピンポイントで落雷が起こった。他にも背の高い建物が乱立する街中で、狙ったようにいかづちが敵の体にヒットしたのだ。


 眩しい光と衝撃、髪が逆立つ圧力にも似た轟音。それらが渾然一体となって西田秋水と寺島行久枝を襲った。赤子のように小さく縮こまった2人には、ティケと狂戦士バーサーカーがどうなったのかも分からない。


「きゃあああ!」


 秋水の腕の中で叫ぶ幼馴染みの声が掻き消される頃、目がくらんでモノクロとなった視界の中、先端の尖った帽子を被った人影が幻のように浮かんで出てきた。


「ティケ!」


 呼びかけに答えるようにセーラー服の魔法少女が振り向いて笑った。稲光の影響なのか、まるで後光が差しているような神々しさだ。彼女が無事でいてくれた事に秋水は、ほっと胸を撫で下ろした。


「終わったよ……」


 威圧感の巨人、狂戦士バーサーカーがいたはずの空間には何も残っておらず、嘘のように静まり返っていた。その静寂を打ち破るように何かが落下して音をたてたのだ。

 武器として使っていた斧かと思われたが、狂戦士バーサーカー現実世界リアルワールドに顕現するために依代にしていた革製の鎧のようである。


「秋水! ちゃんと生きてる? 革の防具が手に入ったよ。あっちには盾も落ちてるし」


「……! そうだカゲマルは!?」


「ああ、彼なら心配ないよ。ほら!」


 ティケが示す盾の傍にはカゲマルが血溜まりに倒れていたが、よく見ると上半身をむっくりと持ち上げている。


「きゃあ!」


 ようやくジャージを着た寺島行久枝が思わず悲鳴を上げるほど、ホラーでショッキングな姿の彼だった。


「……カゲマルはヴァンパイアだから夜の間は、ほぼ不死身なのよ。もう再生を終えた頃なのかな?」


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