第27話 バーサーカー その4


「さあ、秋水殿! 今のうちに女子を助けて、男を上げるのだ!」


 カゲマルは2対1の不利な状況を、ものともせずに秋水に言い放った。


「ありがとう、カゲマル! さあ、行久枝ちゃん逃げるぞ」


 どさくさに紛れて寺島行久枝の元に躙り寄っていた秋水は、狂戦士バーサーカーと戦うカゲマルに感謝したが、彼をここに独り残していく事に躊躇した。


「早く行け! 秋水殿。チャンスを逃すと厄介な事になるぜ」


「ああ……」


 そう言って逃げようとした2人の背後で、大きな銃声が響き渡る。


「何だ……と!」


 刀を構えたまま呻くカゲマルの胸には散弾が命中し、おびただしい量の出血が起こった。


「カゲマル!」


 何が起こったのだろう。秋水には一瞬分からなかったが、狂戦士バーサーカーの兄貴分と見られる方の両手には猟銃ベレッタ A400 が握られており、銃口の先端からはタバコみたいに硝煙が白く燻っていた。

 いやらしく歪めた笑顔の狂戦士バーサーカー兄が言う。


「どうだ! 驚いたか。油断したな、カゲマル。まさか我々が銃を使うとは、思ってもみなかった事だろう!」


 左肩口に深手を負ったソロムコも、刀傷を押さえながら続けた。


「へへへ、兄貴は頭がいいんだ。ここに来る前に山の猟師を襲って銃を奪い取ったのさ」


「そうとも、全て事前にオンラインで調べ上げたのだ」


 その台詞が言い終わらないうちに、2発目の散弾がカゲマルを襲った。


「飛び道具とは、卑怯なり!」


 敏捷性が売りの忍者は、さすが回避スキルに優れている。射線をかわすと塀の上に飛び乗って煙玉を破裂させた。


「逃がすか!」


 煙幕の狭間から襲い来る、最後の散弾がカゲマルの左脚をえぐった。


「ぐあっ!」


 忍者は身軽さを得る代償に、防御力を犠牲にしている。致命傷を負ったカゲマルは、その動きに切れが失われていたのだ。


 屋根伝いに逃げようとしたカゲマルが、軒先から落下した。すかさず猟犬のように追いすがるソロムコは、手に持つ斧で忍者を真っ二つにした。


「何ぃい?」


 ソロムコが薪割りのように割いた人型の物体は、滋賀名物『飛び出し注意人形』だったのだ。


「……忍法、変わり身の術」


 背後から現れたカゲマルの忍び刀が、ソロムコの背中を貫通すると胸板を突き破った。


「ぐああああああ!」


 断末魔の叫びと共に、鎧を身につけない巨躯が、冷たいアスファルトの大地へと吸い込まれるように伏していった。

 HPは、ついに0……。次の瞬間、体の輪郭が光に包まれて無数のポリゴン片となって空気中に蒸散してゆく。

 最後に光芒を残し、ガランと落下してきたのは立派な装飾が施された金属製の盾。


「ソ、ソロムコォォォ!」


 銃を投げ捨てた狂戦士バーサーカーは怒り心頭に発し、主を失った手斧を拾い上げると、血まみれとなったカゲマルの頭にスイカ割りのごとく突き立てたのだ。




 事の一部始終を逃げずに見届けてしまった秋水と行久枝は、もはや恐怖と絶望感に打ちひしがれて茫然自失となっていた。2人で抱き合うと震え上がったまま座り込み、どうする事もできない。

 ただ独り残った狂戦士バーサーカーは、そんな秋水らを見付けると静かに近付いてきた。


「ひ! ヤバいぜ、行久枝ちゃん」


「もうダメかも、秋水……。でも最後に一緒になれて良かった」


「え? 何だって」


「あんたの事が好き」




 いつの間にか夜空に暗雲がたちこめて、街全体が暗闇に包まれつつあった。街灯なしの寂れたシャッター商店街周辺は尚更だ。


「テメエら……、まだそこにいたのか。ちょうどいい! 俺の弟に手向ける生け贄として始末してやる!」


 金剛力士像そのものに見える、憤怒の表情に燃える狂戦士バーサーカーは、手斧ハンドアックスを今にも振り下ろさんばかりに秋水の頭上に掲げた。肉厚の両刃には、カゲマルの物と思われる血糊がベッタリと付着したままだ。


「秋水!」


 背後から抱き締めて、胸をギュッと押し付けてくる寺島行久枝の腕に、ひときわ力が込められる。

 



「……お待たせ、秋水!」


 冷たい小雨が降ってきた。 

 魔法使いの象徴である、とんがり帽子にセーラー服姿の少女が一陣の風のように現れると、闇を照らすような透き通った顔を覗かせた。

 右手で上げた帽子のつばから雫が垂れると、反対側の手に握られた魔法の杖代わりの長大な武器、『ドラゴンメイス』先端の竜涎石が鈍い七色に輝く。


「ティケ……!」


 振り返った秋水が囁くような、それでいて響く声で、その名を呼んだ。


「はい、彼女にはこれを着させてあげて」


 どこから出してきたのか、ティケは緑色の学校指定ジャージ上下を裸の寺島行久枝に投げてよこした。どこかで覚えのある光景だと、秋水はすっかり漂白されたような思考を巡らせる。



 一番に驚きを隠せなかったのは、熊毛皮を纏った狂戦士バーサーカーの兄貴分。振り上げた斧をわなわなとティケの方に向け直した。


「貴様! ティケ=カティサークだな! やっと出てきたか、この裏切り者め!」





 

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