第26話 バーサーカー その3

 ブラとショーツ丸出しの寺島行久枝が、力なく顔を上げた先には男性のようなシルエットが見える。

 闇の中、涙で視界も霞み前後不覚に等しかったが、その人物は彼女より血の気が失せた顔で、小刻みに震えているようだ。


「秋水……君?」


「い、いぐえちゃん……だ、だ、だいじょうぶ?」


 顔面蒼白の西田秋水は寺島行久枝に肩を貸すと、何とかフラフラと立ち上がった。ズタボロになったプリーツスカートは破れ傘のようになり、隙間から淡い色の生脚と小尻を露出させる。

 彼の方は腰が抜けているのを誤魔化しているのか、猫背のガニマタ気味。これではどちらが体を支えているのか、分かった物ではない。

 その顔は精一杯の作り笑いで、二人三脚による退場を裏返った声で告げた。


「はぁい! ごめんなさいね! ハイハイ! ちょっと失礼しますよ~!」


 狂戦士バーサーカーのソロムコも闖入者の登場に呆然となり、巨大な手斧ハンドアックスを握ったまま、暫し事の成り行きを見守っていた。


「…………オイ! 何なんだ、お前は?」


「……はい?」


「いや、だから何者なんだっつーの! 俺の獲物をどうするつもりだ?」


 秋水は大声で叫ぶ狂戦士バーサーカーの一言一句にいちいちビクついていたが、無理を重ねた愛想笑いを振りまきながら、徐々に遠ざかってゆく。


「はい、ハイ、はい! どうもスミマセンね~! ご迷惑をおかけしました~! それではボク達、これで失礼いたします~」


 二人三脚風の歩調を早めて、その場を立ち去ろうとする2人に狂戦士バーサーカーは、ついに我に返った。


「コラ待て! 獲物を横取りする気か! もう許さねえ! ぶっ殺してやる!」


「ソロムコ! 早く追いかけろ! 逃がすなよ!」


「わああああああ! 行久枝ちゃん、走れるか?」


「無理、無理~!」


 狂戦士バーサーカーは図体の割りに動きが素早い。追いかけてくるスピードは自動車並みであった。


「行久枝ちゃん! 俺が囮になるから、君だけでも逃げろ!」


「そんな、秋水!」


 秋水は走りながらわざと転倒すると、狂戦士バーサーカー達を足止めする作戦に出たのだ。


「いいから、行け~! 全力でマンションまで逃げるんだ!」


「秋水!」


 ――そうだ……、俺に構わず逃げてくれ……行久枝ちゃん……、あばよ! へへへ……、白いパンツが眩しいね……。人生の最後に全く……イイ物が見られたぜ…………。


 スローモーションのようになった秋水の横を、狂戦士バーサーカーの兄弟が全力で通過した。踏み潰されないよう、避けるのに必死となる。


「あれ? どうなってんだ……」


「ひゃひゃひゃ! だんだんと興奮してきたぜぇ!」


「きゃああああああ!」


 内股気味に走る寺島行久枝に、野獣めいた毛だらけの魔の手が迫ってくる。


「ぐわあ!」


 先走るソロムコの足元に何かが閃光のように突き刺さり、思わず蹴躓いた。

 アスファルトに2、3本屹立するそれは、苦無型の手裏剣だ。


「ちきしょう! 誰だ! 邪魔する奴は!」


 バランスを崩したソロムコが気配を感じて見上げると、民家の屋根の上に黒い人影を見出した。


「そこまでだ。 場違いなケダモノどもめ……」


 倒れたままの秋水は、影の正体がすぐに分かった。名は体を表すとは正に、この事だ。


「カゲマル! やっと来てくれたのか」


「遅くなってすまんな。家を出るのに少々手間取ったのだ」


 そう言うが早いか、全身黒ずくめの忍者は襟巻きと長髪をなびかせながら、音もなく地面に着地した。

 そして不敵な笑顔を秋水に見せた後、背にした長物をキラリと抜刀する。そのまま狂戦士バーサーカーに対峙すると、忍び刀を珍しい型の上段に構えた。

 

 2体の人ならざる者は、歯ぎしりをしながら怒りを爆発させた。


「くそ! 次々と邪魔者が入りやがって。もう我慢ならねえ!」


「ソロムコ! よく見てみろ。追放されたカゲマルだ。奴も裏切り者の1人だぜぇ!」


「何だと~。ちょうどいい、今ここで挽肉に始末してやる!」


 ソロムコは獣っぽい耳を塞ぎたくなるような雄叫びを上げると、眼前のカゲマルを手にした武器ハンドアックスで薙ぎ払った。

 次の瞬間、後方に飛びすさるカゲマルから十字手裏剣が、急所めがけて投射されたのだ。


「チィっ!」


 素早く両刃斧を体に引き寄せたソロムコは、盾代わりに手裏剣を弾き飛ばす。『くそ、早い!』そう思った後には、すでにカゲマルによる左肩口への一撃が決まっていた。


「ぐわあああ! 兄貴ィ、やられた!」


 カゲマルは目にも留まらぬスピードで間合いから外れると、忍び刀の血を振り払う。


「夜の世界の住人……ヴァンパイア忍者に夜間、挑んでくるとは……。全くもっていい度胸だ……」


 ――つ、強ぇぇじゃねぇか……。

 ディアブルーン以来の付き合いであるが、秋水はカゲマルの実力に舌を巻いた。










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