第9話 朝のサプライズ
1階の共同自転車置き場には1人の少女が、誰かを待っているように、そわそわとした後ろ姿を見せていた。
ローファーに白い靴下、短めのプリーツスカートと、古風な青いスカーフの紺色セーラー服……、同じ中学校の制服だったが、シルエットだけでも規格外の美しさが際立っている。なんとも言葉として表現しにくいが、この世代特有の大雑把さがないというか……。
行久枝の前で動揺し、無様な態度を見せたくなかった秋水であったが、心にギュギュッとくるものがあった。
「あっ……、秋水! おはよう! ここに来ると思って、ずっと待ってたのよ」
長めの髪をポニーテールにした魔法使いが、昨晩を再現するかのように微妙に
「……ティケ! その制服は? いや、それより昨日ベッドから1人抜け出して、どこで寝てたんだよ?」
隣の行久枝が一瞬、耳を疑うような台詞を秋水が放った。
「あら、秋水……、忘れたの? 長期療養からやっと退院できた私は、今日からめでたく学校に復帰じゃない」
「……へ?」
「それにね、両親と離れてマンションの1階に独り暮らしという設定にしたの。もちろんまだ中学生だから、西田家のお世話になりながら……ね!」
「ほえ!? 僕と同じ学校に通うつもりなのか? それに1階に住むなんて……、何もかも魔法の力で解決済みという訳?!」
ティケの笑顔にみとれていた寺島行久枝だったが、会話になかなか入っていけない。それでもついに我慢できなくなり、秋水の耳元で囁いてきた。
「ちょっと! 秋水。ずいぶんと親しいようだけど、まさか遠い親戚の方……帰国子女なのかな?」
「いや、何て言ったらいいのかな……昨日初対面なんだけど、前から顔見知りの仲でもあるし……」
たじたじの秋水をからかってみたくなったのか、ティケは多感な中学生を追い詰めるような話をしてくる。
「秋水! 早く行かないと学校に遅刻しちゃうよ。悪いけど、自転車の後ろに乗せて貰えないかな? ディアブルーンでは普及してなかったし、今まで乗った事もないんだ」
「ええ~! ちょっと、それは……。そうだ、行久枝ちゃん、乗せてあげて……いや、分かった、分かったよ。う~ん、荷物を載せな!」
「ほいきた!」
一方で自転車を引っ張り出した行久枝が、ティケに注意する。律儀に校則を守るタイプで、ヘルメットまで被るぐらいだから仕方ない。
「ティケ……さん。自転車の2人乗りは学校でも禁止されてるの。秋水が困るからやっぱり……」
黒髪をフルフルさせて涙目になったティケを見て、自転車のロックを外した秋水は2人の前で困ったように頭を掻いた。
「このままだと本当に遅刻するから仕方ない。いいよ、乗っても。僕が校則違反の責任は取るし」
大胆にもスカートをめくりあげて大開脚したティケは、自転車のクロームメッキされた固い後部荷物置きに、フワリとお尻を乗せた。まるで馬の背にでも乗るような感覚だ。
「やったね! 秋水、イケてるよ! う~ん大好き」
「ぐわぁ!」
秋水は思わず自転車のバランスを崩しかけた。ティケが後ろから両腕で強く抱き締めるかのごとく、肩甲骨の下あたりに大きな胸をグイグイと押し当ててきたからだ。
人体で最も感覚が鈍いとされる背中においても、薄手のブラに包まれたティケの自慢すべき双丘の極上感覚がひしひしと伝わってきた。
それからは、秋水にとって嬉しくも恥ずかしい天国のような地獄。
自転車が段差を越えるたび、ティケが背中にギュッと抱き付いてくるわ――、
伴走する呆れ顔の行久枝が、秋水に刺さるような冷たい眼差しを送ってくるわ――、
目立つのか、信号が赤になるごとに、横乗りとなったティケを学生や若いサラリーマン達が注目してくるわ――、
極めて真面目な態度を装ってはいたが、有り得ないシチュエーションに顔が自然と緩んでくるのを自覚したのだ。
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