第10話 学校生活その1
それにしても……おじいさん、おばあさん、それに赤ちゃんや幼児が全く存在しない世界というのは、何だか違和感アリアリで不気味だ。街ゆく人達は、男も女も皆中学生ぐらいの顔付きで、元の年齢を推定できるのは服装と持ち物ぐらいしかない。
もし全員が秋水らと同様の学生服を着用したりすれば、絶対に実年齢はバレないだろう。
この事象で一番得したり、有利に働く事って何だろう?
秋水は自転車を漕ぎながら、ふとそんな事も考えてみた。後ろのティケはキョロキョロしながら、まだ全てが珍しく新鮮に感じている
学校に着く寸前に、ティケは自転車の後部から派手に飛び降りた。おかげで秋水は先生に咎められる事もなく、登校してくる生徒達に冷やかされる事態も避けられた。
「じゃあね、秋水。色々と面倒な手続きがあるみたいだから、ここでお別れだね」
荷物を渡すと正直ホッとしたが、別れ際の寂しげな後ろ姿が印象的だ。秋水は、行久枝にグイグイと鞄を引っ張られながら自分の教室へと向かった。
「……であるからして皆さんは動揺する事なく、しっかりとした態度で中学生らしく勉学に励むように」
1組のクラス担任でオールドミスの秀島先生が、秋水らと同じほどの年齢にまで若返っていた。
婚期を逃したふくよかでヒステリックなオバサン先生も、若い頃は細身ですごく美人だったんだなと、クラスメイト全員が思ったのだ。
心なしか本日の服装は、いつになく大胆だった。具体的には胸元の大きく開いたシャツにジャケット、タイトスカートと黒ストッキングに合わせたヒール。
中高生の顔立ちに黒メガネとルージュの口紅、それとトレードマークである口元にあるホクロは色っぽさを強調するが、何だか背伸びした学生風に見えて少々滑稽でもある。
休み時間、隣のクラスの委員長である寺島行久枝が、廊下で1人ボーッと窓の外を眺めている秋水に、勇気を出して話しかけてきた。
「秀島先生、昨日のうちに服を新調したのかな? どうやってピッタリの服を着てくる事ができたのかな?」
「さあね、あんまし興味ないって言うか……」
「うちの呉先生も自分のクラスの男子生徒と同い年みたいになっちゃって、更に威厳をなくしたみたい。ホームルームでも茶化されて、早々と途中で切り上げたわ。指導力がアレだけど、もうすぐ生徒達の統率が取れなくなるんじゃないかと……」
「2組の彼は……先生は気弱で、不良どもを叱る事もできなかったからなぁ。委員長も色々と大変だね」
「そうそう、それと秋水と知り合いの彼女! ティケさんだけど、3組の松田先生が若返ったショック以上にクラス騒然となったそうよ」
「へ? 一体どうしたっていうの?」
「3組のホームルームの時、いきなり海外からの転入生みたいなティケさんが紹介されて大騒ぎになったみたい。もう少しで中2も終わりかけているこの時期に、あんな人が颯爽と現れたんだからムリないね。何でもっと早く復帰してくれなかったんだ、と学年の話題の中心になってたよ」
「長期療養中だった幻のエキゾチック美少女クラスメイト復活初日か……言葉を並べただけでも中学生には胸熱だな」
「それよ、それに関してだけど。秋水に訊きたかった事があるわ」
「ティケの事か?」
「そう。若返り事件とティケさんが急に現れたのは同じ日だよね。これって偶然にしては、あまりにできすぎじゃない? おかしいよね、関連性を疑われても仕方ないくらい。秋水、何か知らないの?」
行久枝が大きな垂れ目をクリッとして問いかけてきた。……コイツ鋭い奴だ、と秋水は思った。
「う~ん、関係ないと……思うよ」
「ホント? それに彼女、かなり秋水と親しげなんだけど~、本当に親戚?」
「僕にも分かんないや」
「何よ、それェ!」
何だか行久枝と昔のように親しく喋る事ができて、秋水は嬉しくなった。休みがちでクラスの友人も少ない彼には刺激的な1日となりそうだった。
早速モデル歩きのセクシーな格好をした女性が近寄ってくる。
「西田秋水君、後ほど1人でいいから職員室まで来なさい」
担任の秀島先生が、行久枝との会話を遮るように話しかけてきた。意味ありげなウィンクをしてきて秋水をドギマギさせた。
「何なんだ? ありゃあ?」
「……秋水、先生に狙われてるかも」
「よしてくれ! 冗談じゃないよ!」
2人のひそひそ話を気に掛ける様子もなく、秀島先生はウエーブの掛かった髪を直しながら階下に消えていった。
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