第8話 幼馴染み


「……秋水!」


 自分が呼ばれる声にハッとなり、顔を向けた。この聞き覚えのある声はティケではない。

 同じ中学校に通う寺島行久枝てらしまいくえが、不安そうな表情でこっちを見ていた。

 マンションの同階に住んでいる同い年の女子で、いわゆる幼馴染み。小学校の集団登校も6年間ずっと一緒だった。

 中学校に入ってからは、お互い意識し始めたのか、前のように何でも喋らなくなり、少し距離ができてきたところだ。


「行久枝……ちゃん。やっぱり君の家でも……」


 久しぶりに面と向かって話す制服姿の寺島行久枝は、少し大人びたのかドキッとするような可憐さだった。

 だが昨日出会った天女像のようなティケと比べると、決して見劣りはしないと思うが、どうしても庶民的だ。

 それでも正直、今の秋水にとって安心できるのは、ナチュラルセミロングヘアーに垂れ目の庶民派美少女であった。


「秋水の御両親も若返っちゃったのね。私の家族も全員同級生みたいになっちゃって大変だったのよ。昨日のうちに秋水に相談しに行こうかと思ってたんだけど、落ち着くまで時間が掛かっちゃって……」


「そうか……昨日の夜は僕も不安で不安で、誰かと話したかったのに……」


「なあんだ、迷わず行けばよかったね。そうだ、秋水の携帯のアドレスは……」


 14階から降下するエレベーター内で、そんな会話を交わしていると、途中の5階で停止した。


「よ! 秋水君と行久枝ちゃんか! 久しぶりだな。見ねえうちに、すっかり大きくなったな!」


 坊主刈りで、昔の中学生風男子が元気よく乗り込んできた。


「え~……と。ゴメン、誰だっけ?」


 秋水と行久枝が訝しげな顔をした時、坊主刈り男子がニッカリと笑った。


「俺だよ、俺! 誰だか分かんねえのも無理ねえな! ほら! ちょっとは面影が残ってないかい? 高田のじっちゃんだよ!」


『あ~~~!』


 2人は同時に声を上げた。子供好きだった高田のじっちゃんは、秋水と行久枝が幼い頃よりずっと一緒に遊んでくれたような人。お菓子もいっぱい貰った近所のじいちゃんだ。


「高田のじっちゃん! 確か病気で寝たきりになった後、老人ホームかどこかに入所しているって聞いたけど?!」


「そうさ! でも昨日から急に若返っちまって、この通り。とても81歳には見えねえだろう! そんで、居ても立ってもいられなくなって、今日から材木屋に現場復帰なんだ!」


「そいつは、すげえや!」


 秋水は高田のじっちゃんが元気に若返った奇跡を、自分の事のように喜んだ。行久枝から見ると、まるで2人が友達同士のように思えた。


「わはは! こんなに嬉しい事はないよ。10年ぶりの仕事場だが、腕が鈍ってないか心配だな。あ~、先に逝った婆さんにも、今日という晴れ姿を是非とも見せてやりたかったもんだ」


 1階に到着すると、高田のじっちゃんは鼻歌交じりに出勤していった。


「お前らも学校に遅刻すんじゃねぇぞ~!」


「うん、分かった。良かったね、じっちゃん。気を付けて!」


 秋水と行久枝は、颯爽と歩く高田のじっちゃんを見送った後、マンションの自転車置き場へと移動した。

 行久枝は、そこに見知らぬ人影がある事をいち早く察知したのか、少し緊張したのだ。


 


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