第6話 魔法使いティケ その2
「あら、あなたにも少しだけ
「みたい~、じゃねえええ! 動けねえよ!」
「ちょうどいいわ。私と一緒にベッドで寝ようよ」
秋水は自分の意思に反して、まるで操られるように裸のティケが待つベッドへ引き寄せられる。
「うわぁ! やめろおおお!」
「そんなに恥ずかしがらなくてもいいよぅ。どうせ私には指1本触れる事もできないんだし❤」
「それはそれでイヤだあああ!」
人肌に温められた布団に、秋水はご機嫌なティケと一緒に包まった。
電灯が消されると、予告されていた通りだが、仰向けになったまま不思議な力で金縛りのようになっている。
しかしその分、五感が鋭敏となっている事にも気が付いた。
ティケから漂ってくる、今までに嗅いだ事もないような芳しい女の子の香り。
VRゲーム内のティケも、ポリゴンで形作られているとは思えないほどのリアルさだったが、現実に横で寝ているティケは、間違いなく血の通った生きている人間だと実感できた。
重力をものともせずに盛り上がる胸は、触れると心地よい弾力と共に、暖かな心臓の拍動をその指に伝えてくるはずである。
「ティケ……」
「なあに、秋水? 眠れないの?」
「ああ、ドキドキが収まらないよ……。それよりだ、……なぁ?」
「うん……」
「今日起こった騒ぎ……僕の父さんや母さんも含めて、街の人全員が一斉に同い年みたいになるという超常現象は、君の仕業か? 魔法使いである君がやったのか?」
「いいえ、それはヤマナン。ヤマナンが起こした事なの」
「ヤマナン……?」
その名は聞き覚えがある。オンラインVRゲーム『ディアブルーン』のラスボスと噂される悪魔。情報は非常に限られており、まだ誰1人として見た事もないという。
「本当かよ? にわかには信じられないな」
「そうかもね」
「ティケ、もう1つ訊いていいか?」
「うん。何かしら」
「数多くいるはずのディアブルーン・プレイヤーの中で、どうして僕を選んで会いに来たんだ?」
「それはね、あなたのプレイスタイルがとても気に入ったのよ」
「へっ? どういう事?」
「低レベルで弱っちいくせに、果敢に強敵に挑んでゆく姿勢かな。いいえ、実はそんな事、どうだっていいの。あなたは周りの人達に、とても優しかったわ。私が自分の事で本当に思い悩んでいた時にも、親身になって助けてくれた。その時、大した事とは思わなかったかもしれないけど、それが私にとって、どんなに救われた事だったか……!」
――確かにゲームの世界であるのをいい事に、勇者気取りの振る舞いで常にハイテンション。とても気が大きくなって、いきり立っていたと思う。
言ってみれば、根暗で情けなくてダメな現実の自分とは180度違う人間を演じていた。
「ティケ、現実の僕を見て、ずいぶんとがっかりしただろ」
自虐的とも思える言葉を聞いてティケは、真剣な眼差しで秋水に顔を近付けてきた。まるでキスしてくるかのような勢いで。
「いいえ。内緒で1日観察してみたけど、私が思ってた通りの人だったわ。こんなに若いとは、ちょっと予想外だったけどネ!」
ティケは悪戯っぽく笑うと、満足したように再び僕の枕に黒髪を埋めた。
「思ってた通り……なのか?」
「ええ、そうよ。秋水、あなたに会えて本当によかった……」
勉強もスポーツも決してできない訳じゃないけれど、努力しないタイプなので、人より抜きん出た分野もない。つまりクラスにおいても影が薄く目立たない存在であり、当然異性からモテた経験もない。
『僕の何がそんなに気に入ったというのか……。単なる物好き?』
秋水が妙に冴え渡った思考を逡巡させているうちに、早くも隣から可愛い寝息が聞こえてきた。
――そういえば明日も普通に学校があるんだっけ。
暗闇に順応した眼球を、頑張って左方に動かしてみる。
カーテンを閉め忘れた窓から差し込む月光に照らされて、まるで天使のような、それでいて小悪魔テイストな少女の寝顔が輝いて見えた。
容易に触れる事もはばかられる、そのミステリアスな神秘性に、秋水は思わず失神してしまいそうになる。
夜更かしに慣れた体ではあったが、夜の9時前にはティケと同じ夢の世界に誘われたのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます