第4話 異世界から転生


 引きこもり予備軍の秋水であったが、自分の部屋でも何だか、そわそわと落ち着かない。平常心でいる事のほうが無理というものだ。


 枕を壁に投げつけたり、ベッドの上で起き上がったり倒れこんだりして苦悩しているうちに、落ちてきた漫画に混じってヘッドマウントディスプレイ……スーパーVRゴーグルがあるのに気が付いた。

  

「そうだ、気晴らしにゲームでもしよう。この悩ましい状況からファンタジーの世界へと現実逃避するのだ」


 超常現象のせいで滅茶苦茶になってしまったが、本来コンビニで小腹が空いた時用の夜食を買い込んだ後、ずっと部屋に籠もってゲームする予定だったのだ。


 ネットに繋がっているゲーム機にVRゴーグルを接続すると、すぐさま電源をONにした。

 

 ――現在、世間で大ヒット中のファンタジー系オンラインVRゲーム『ディアブルーン』――

 VR機器さえ持っていれば、誰でも無料でハイクオリティな剣と魔法の世界を堪能できるのだ。

 まだレベル14の初心者プレイヤーである秋水は、早くゲームの続きがしたくてたまらない。

 異世界の勇者として名を馳せる“アスカロン”として、仲間達と剣を振るって思い切り戦いたい。


 だが、どうした事だろう……いつもの荘厳なタイトル画面が表示されたのはいいが、ログインに移行する前に『現在このサービスは提供されておりません』の無機質で冷たい文字列が。


「ちきしょう! 一体どうなってるんだ。馬鹿にしやがって!」


秋水はVRゴーグルを頭から脱ぎ捨てると、自分のベッドに向かって放り投げた。


「……痛ッ……ひどいわね」


「あっ! ごめん。いるとは思わなかっ……」


 そこまで言いかけて秋水は背筋から凍り付いた。

 まるで冬場の早朝の氷水を浴びせ掛けられたように一瞬で全身の筋肉が強張り、それと共に心臓が早鐘を打ち始める。


 ――今確かに女の声が聞こえたが、聞き慣れた母親の声とはまるで違う。

 ――いや、そもそも部屋にカギを掛けたんだから、誰も入ってこれないはずだ。

 ――じゃあ、今のは一体誰なんだ?


 胸の鼓動を感じながら声がした方向へと、恐る恐る顔を向ける。


 そこには確かにいた。

 見た事もないような、まばゆいばかりの美少女が……ベッドの上で長い脚を組んで座っている。

 紫がかった長い黒髪から覗く白い小顔は、秋水よりちょっと上の高校生ぐらいに見えた。

 それにしても、あまりに現実離れしたその美しさに、秋水は『CGか何かでできているのでは?』と勘繰ってしまったほどだ。

 ただ、なぜなのか、どうしてなのか、真っ黒なワンピースのナース服を着用しており、違和感を更に加速させていた。


 微笑をたたえた唇から、これまた麗しい声が発せられた。


「あなたまだ知らないの? 『ディアブルーン』はプレイヤーの多くが精神に異常をきたしたり、謎の自殺者が絶えなかったために昨日かな? もう閉鎖されちゃったのよ」


「へぇ……って、いや! あんた誰なんだ?! なんで僕の部屋にいる!?」


「うん、うん。どうやら言葉は通じるみたいね。よかった、これでちょっと安心」


「違うだろ! 通じてないだろ! だから、あんたは誰なんだって……」


「勇者殿、私の顔を忘れちゃったの?」


 ――そうだ、この顔には確かに見覚えがある。


 ただし現実世界リアルワールドじゃない。昨日までプレイしていたオンラインVRゲームの世界。


 『ディアブルーン』の世界で、一緒に冒険するためのパーティーを組んでいた魔法使いの『ティケ』だ。……全くもってあり得ないはずだが。


 ティケは現実世界リアルワールドで秋水に出会えた事を、とても喜んでいるようだった。

 



 


 


 


 

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