第3話 父親も同級生


 その時、マンションのメインエントランスからのインターホンが鳴った。


「あら、秋水! 父さんがもう帰ってきたわよ」


 オートロックを解除する時、一瞬であるが父親の姿がモニターに映し出された。

 

 ――あの厳格な父さんが、自分と同い年ぐらいの若い姿で帰ってくるのは、何だかとってもイヤだな……。

  

 秋水はそう思った。言いようのない喪失感、むしろ嫌悪感にも似た複雑な心境。


「ただいま、母さん。会社じゃ大変だったよ。役員から清掃のバイトのおばちゃんに至るまで、一瞬で若返ってしまって収拾が付かなくなってしまった。取りあえず皆、家の事が気掛かりで仕事にならないから、今日は早く帰ってきた訳だ。帰りの電車なんか、まるで修学旅行のように……」


 声変わりしたばかりのような父親は、そこまで言うとフリーズしてしまった。キッチンから夕飯の支度の手を止めた母親が、不安げな表情で飛び出してきたからだ。


「あなた……」


「おまえ……」


 母親は変わり果てた父親の顔をまじまじと見つめた。

 リビングには息子と同い年ぐらいの童顔少年が立ち尽くしていたのだ。

 それにしても、息子が言うのも何だが……父親は若い頃、こんなにも美少年だったのか。


 ダブダブになったスーツの袖と裾を折り返した10代バージョンの彼は凜々しく精悍で、秋水がいるクラスの男子と比べても決して見劣りしなかった。いや、むしろ学年トップのレベルと言っても過言ではない。


 若返った両親は、時が経つのも忘れたかのように見つめ合うと、頬を赤くしたまま暫く声も出さない。

 端から見ていると何だかお似合いのカップルで、秋水は何だかムカついてきた。






「ははは、それにしても典子は若い頃、こんなにも可愛かったのか~。正直驚いたよ~」


「裕道さんこそ……。昔の写真を見せて貰った事もあったけど、今のあなたの姿そのもので、とってもハンサムでビックリ。もう! どうしようかしら~」


 ……おいおい、マジかよ……。


 秋水は、お互いを名前で呼び合い、楽しく会話しながら夕飯を食べる両親を久々に見た。

 いつも残業やら何やらで、すれ違い気味の2人は、秋水がいても無言で面白くなさそうに食べているだけだったのに。

 朝から晩まで愚痴やら文句で、ののしり合っていた普段の生活からは想像も付かない。


 美男子に戻った父親は上機嫌そのもので、とびっきりの美少女となった母親からビールを注いで貰っている。今の両親は、どう見ても未成年にしか見えないが、社会的には合法で問題ないのだろう。

 

 これでは……まるで新妻! もはや新婚ホヤホヤの若夫婦。

 いや、そうじゃない。初々しい中学生のカップルが、目の前でイチャついていた。

 どう考えても秋水の存在は、完全に浮いている。


「典子さん……久しぶりに一緒にお風呂でも入ろうか?!」


「やだぁ! 裕道さんたら……!」


 秋水にとって、信じられない事態が次々と起こりつつある。

 

 色白の母親は照れて恥ずかしいのか、耳まで真っ赤になってモジモジとしている。

 よく見りゃ、幼顔のくせしてグラビアアイドル並みにスタイル抜群だった。

 アイドル顔でそんな仕草をされると、正直胸がキュンとなる。思わず身悶えしてしまうほど。


「そうだ! 秋水も一緒に入る?」


 彼女の言葉に、頭の中で何かしらプツンと糸が切れる音がした。


「何言ってんだ、いい加減にしろ! ばっかじゃないの! もう知らねぇ!」


 秋水は夕飯の途中であったが、もう限界突破した。そして逃げるように自分の部屋に駆け込むと、大きな音でドアを閉めた。


「うおおお~! 一体どうすりゃいいんだ! 誰か助けてくれぇ!」


 ベッドの上で枕を被ってゴロゴロと転がった。


「あの調子じゃあ、近いうちに弟か妹が生まれちまうよ!」


 母親の紅潮した綺麗な顔が思い浮かぶ。

 空想癖があり、感受性豊かな秋水のような中学生には、地獄のような夜が待っていた。




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