第2話 母親は同級生


 何だか、とてもイヤな予感がする。

 今の時間、家にいるのは母親だけであるが……一体どうなっているのだろう。

 駅前で起こった事は、思春期にありがちな夢か幻であって欲しい。


 秋水しゅうすいは、マンションのエレベーターが上階から降りてくるのも待てず、階段を使って14階まで一気に駆け登る。運動不足の鈍った体には結構キツい。


「ハッ、ハア、ハア~……」


 ドアの前で前屈みになって息を整えた後、恐る恐るカギ穴にキーを刺そうとしたが、ちょっと気が引けて玄関のチャイムを鳴らした。

 表札には確かに『西田』の文字が、当たり前のように記されている。


「おかえり……って、秋水なの?」


 いつもの声で安心したが、トーンが少し違う。扉を開けて顔を出したのは……。


「えっ!? 誰? 母さん? 若ッ!」


 声が裏返った秋水は、思わず一歩引いた。


 中から可愛らしい女の子が、母親の服を着て出てきたからだ。

 いや、そこにいたのは確かに自分の母親だったのだが、どう見ても20年以上は若返っている。


「秋水、まあ落ち着いて。とにかく中に入りな」


 少女の姿をした母親に導かれるがまま、廊下を歩く。秋水よりちょっと背が低く、視線の下にセミロングの後ろ髪が揺れていた。


「母さん、見ないうちにずいぶんと小さくなったね」


「そうなのよ~。私も鏡を見てビックリしたわ。なんだか急に若返ったみたい」


 母親は、もうひとしきり驚いた後だったのか、ずいぶんと落ち着いた様子だ。


 それにしても、息子が言うのも何だが……母親は若い頃、こんなにも美少女だったのか。

 エプロンをした10代バージョンの彼女は、輝くように美しく肌も綺麗で、秋水がいるクラスの女子と比べても決して引けを取らなかった。いや、むしろ学年一のレベルと言っても過言ではない。

 さっきから胸のドキドキが静まらないのは、何も超常現象のショックばかりではなかったのである。


「父さんの携帯にも電話してみたんだけど、繋がらないのよ。メールさえ届かないし、いや~心配だわ。どうも一斉に利用した影響でサーバーか何かがパンクしちゃったみたい」


 そう言うと母親は、秋水のいるソファの隣にドスンと座り顔を覗き込んできた。


「ちょっ! 母さん、あんまり顔を近付けてこないでよ」


「何よ、秋水の体には何も変化が起こってないのか、調べてるのに!」


「母さんはテレビでも見て、ニュース速報が入ってくるかどうかチェックして!」


 照れ隠しのように秋水は自分の部屋に向かった。そしてスマホを掴んで起ち上げると……。


 ニュースで『超自然現象発生』やら『謎の若返り』の文字がズラーーーと上から下まで並ぶ。


「嘘だろ! ここだけじゃなく、全国規模なのか!? 一体何が起こっているんだ? 大丈夫なのか日本?!」


 秋水は頭を抱えると、ベッドに背中から倒れ込んだ。

 読みかけの漫画が2、3冊ほど棚から落ちてきた。


「そうだ、忘れてた。僕の体はどうなっているんだ?!」


 それから思い出したように洗面所に駆け込み、自分の顔を細かく観察した。

 鏡の中には、見慣れた冴えない間抜け顔が写っているだけだったのである。

 思わず右手で頬を痛くなるまでつねった。


「……? つまり元々14歳ぐらいの人間には、全く影響がないって事なのか?」


 謎だらけの超常現象。これは夢じゃないのか? 

 自分の頭はおかしくなってしまったのだろうか? 

 

 不安を抱えて身震いする秋水とは裏腹に、母親は呑気に鼻歌混じりで夕食の準備を続けている。

 どうも彼女は10代ぐらいまで若返った事を、とても喜んでいるように思えた。

 

 



 

 


 

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