みんな仲良く14歳

第1話 下校時間の超常現象

   

  第1章 みんな仲良く14歳


 帰宅ラッシュに賑わう駅前広場を、どこからともなく突然の閃光が襲った。

 夕闇迫る晴れた上空に電光石火の煌めき。

 ――まるで白昼のように街は照らし出される。


 不思議な事に、雷鳴が轟く代わりに間延びした静寂が訪れた。

 地元中学校に通う制服姿の西田秋水にしだしゅうすいは、目がくらんだまま暫く動く事もできない。


 頬を冷たい木枯らしの風が撫でた。

 車の騒音、何やら街ゆく人々の話し声。


「…………?」


 夜を控えた街の喧騒だけで悲鳴もなく、突然の出来事なのに誰も動じていないようだ。


 閉じていた両目を静かに開けると、周囲の風景に少しずつ、目が馴染んできた。 

 見慣れた、いつものJR守山駅前コンビニチェーン店。 

 今日もゲームの合間に飲み食いするペットボトル入りのコーヒーと、ポテチの限定味、お金に余裕があれば、からあげチキンも買って帰る予定だ。


 ――ここまではいいとして、何だかおかしい。……何かが違う。


 一瞬のうちに歩いている人達が若返っていると気が付いたのは、暫く時間が経ってからだ。


 ベンチに座っていた老人は、杖を持ったままピンと背筋を伸ばして立ち上がり、周囲をキョロキョロ伺っている。

 皺くちゃだった顔は、嘘のように張りのあるツルスベお肌となり、紅顔の美少年に変身していた。当然、白髪混じりのハゲ散らかした頭も黒髪でフサフサとなり、風になびかせている。

 着ている灰色基調の服と顔が、大きくミスマッチ。



 駅前で客待ちをしていたタクシーのドライバーは、バックミラーで見た自分の顔が中学生ぐらいになっている現実に大層驚き、ドアを開けて車から飛び出してきた。

 中年太りに合わせた服がダブダブで、ズボンが地面にズリ落ちたかと思うと、足を取られて転倒する。



 帰宅途中のOLと思しきタイトスカートのスーツ少女は、自分の変化が自覚できていないようだ。

 服とヒールのサイズが急に合わなくなり、歩けなくなった事に対し、しきりに首を傾げていた。

 その顔はどう見ても、秋水と同級生にしか見えない。



「きゃああああああ!」


 ここで、ようやく街に響く女性の悲鳴。

 秋水が振り返ると、ベビーカーを押している若すぎるママが、駅のホームへと続くエレベーター前で腰を抜かしていた。


 ……それは無理もない。


 重量オーバーに歪むベビーカーからこぼれ落ちたのは、母親と同年代に見える全裸になった男の子。いや……よく見ると、おっぱいが膨らんでいるし、かろうじて残っている伸びきった毛糸の帽子が、ピンク色なので女の子かもしれない。


「うわああああああん!」


 着ていたベビー服が破れ裂けた哀れな女の子は、言葉も話せずに、ただ泣き叫ぶばかりである。

 冷静になった秋水は、もう見ていられなくなった。


「大丈夫ですか?」

 

 パニック状態で、オロオロしているだけの母親に声を掛ける。そして通学鞄から緑色ジャージの上下を取り出すと、女の子にすばやく着させてあげた。

 べそをかいていた女の子は、ようやく泣き止むと、親指をしゃぶりながら秋水に涙で潤んだ瞳を向けてくる。


「もう寒くないよ。ママと一緒だから安心してね」


 母親は、自分と同じ身長となった赤ちゃんと見つめ合って呆然としている。何も知らない人から見れば女子中学生の友達同士に見えるかもしれない。いや、顔が似ているから双子か、年の近い姉妹と思うだろうか?



 だんだんと今、起きている現象が分かってきた。どうも変化は、若返るばかりでなく、逆に老けるというか成長するパターンもあるらしい。

 それも西田秋水と、ちょうど同い年の14歳ぐらいであろうか、市民全員が一律の年齢になっているような気がする。

 

 妙な事に駅前では、それ以上の大きなパニック状態は起こらず、どうした事なのか、それほど街は騒然とする事もなかった。

 自分だけ取り乱すのが恥ずかしいのだろうか、周囲の反応を見ながら平静を装っているようにも思える。

 

 若返っても駅員は普通に業務を続けているし、電車のダイヤが乱れる様子もないのが凄い。

 乗客は、何の前触れもなく一様に10代前半と化する奇跡が起こったのに、違和感を覚えていないというのか。


 バスの運転手もプロ意識を発揮して、事故を起こす事もなく童顔のまま運転をこなしている。

 様子を見る限り、自家用車に乗って運転している他の人達も、いたって平常運転だ。


「嘘だろ……そうだ、状況が知りたい。情報が欲しい。スマホ! テレビ!」


 秋水は、買って貰ったばかりのスマホを家に置き忘れてきた。というか学校には持って行っていない。

 俄に家の事、つまりは家族の安否が心配となり、急いで自転車に跨がると自宅マンションに向かって全速力で走り始めたのだ。






 

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