第7話 ビッグバウンス宇宙論

 「博士」と、マクナマラが手を挙げ発言を求めると、メル博士は発言を許す。

 彼は渾身の決め顔で論じる。


「ビッグバウンスにおける前世宇宙ですが、高名な博士達の意見では、そのような宇宙は存在できないと、理論を打ち立てていますが?」


「なぜ、そう思われるのですか? ミスター……」


「マクナマラ――――マクナマラ小隊長です。その、《エントロピー》の問題があります。え~と、なんだったかな? エントロピーはいわゆる物が壊れる経過のことで、熱も含まれるとかで……例えて言うなら、エントロピーとはコーヒーに入れるシュガーやミルクのような物です」


「なるほど、ユニークな例えだと思います」


「コーヒーにシュガーを入れ苦味という概念を壊し、代わりに甘味を生み出す。ミルクを入れることで渋みを壊しコクを生み出す。これはコーヒーのエントロピーを増大させたことで、全く違うコーヒーを作ったことなります。我々の完成された宇宙は、言わばブラックコーヒーの概念を壊し、カフェラテやキャラメルラテを作ったことと同じ。元のブラックコーヒーには戻りません」


「そう解釈できます」


「ビッグバウンス宇宙論は、ブラックコーヒーからカフェラテを作り、カフェラテは自然とブラックコーヒーに戻った後、キャラメルラテを作り、再びブラックコーヒーに戻ることと同義です。ありえない」


「おっしゃる通り、なかなか勉強されているようですね?」


 マクナマラが理論で打ち負かしたと得意になる。


 よし! いいぞ。まずは相手の話を真っ向から否定し、会話のレスポンスのとっかかりを作る。 


「ミスター・マックナマクラの疑問は、しごく当然です」


「いえ、マクナマラです」


「ミスター・ラッコナマラの言うように、宇宙誕生のビックバンにはエントロピー、つまりカオス状態を生み出す起爆剤が必要不可欠です。熱力学第二法則にしたがえば――――」


「マクナマラです」


 頭いいのに人の名前は覚えられないのかよ? これだから、男を知らねぇで研究ばっかりのインテリ女は、蝋人形みたいで面白くねぇ。

 クソ! 会話の主導権を崩された。


 メル博士はマクナマラの心中など知るよしもなく、ブリーフィングに集まる兵士達を注目させるように間を置き、論じる。


「端的に申し上げます――――――――前世宇宙では、エントロピーが存在しません」


 兵士達はざわつき互いに意見を交換する。

 そのほとんどは、言葉の意味を訳してほしいとの内容だが、ビッグバウンス説をかじったマクナマラは、驚愕の顔を浮かべ聞き返す。


「セイ、セイ、セイ! 待ってください。エントロピーが存在しないなんて、ありえないでしょ? いろいろ矛盾が起きる。なんであろうとビッグバンは起きる。ビッグバンはエントロピーが増大し、抑えきれなくなったエントロピーが一気に膨れ上がって、宇宙誕生の爆発が起きたんですよ? ビッグバンが起きなければ、我々の宇宙は存在しなかった」


「小隊長の言うとおりです」


 ついに名前をはぶいたか。

 

 彼女の講義は続く。


「仮説上、エントロピーが存在しない。それはつまり、前世の宇宙が未来永劫、”終わることがない”ということになります。エントロピーが存在しない、つまり物体が壊れない。壊れないということは、《死の概念が存在しません》。小隊長の言葉を借りるなら、ブラックコーヒーは永久にブラックのまま存在します」


 話が呑み込めず混乱する室内。

 半信半疑のマクナマラは聞く。


「じゃぁ……その"永久"の状態が前世宇宙で続いたならば、我々の現世宇宙はどうなるんですか?」


「えぇ、つまり矛盾が生まれます。本来、我々の宇宙は存在できないはずなのです」


「存在できないって、平然と言うな……」


「ですが、その矛盾こそが、私達の宇宙を破滅に導くのです。つまりこれこそが、人類が行ってきた《歴史再編の功罪》です」

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