第2話 吸気

翌日は頬のズキズキする痛みで目が覚めた。最悪だ。

恐る恐る触れてみると、なにか布が当ててあり、固定されている。腫れて熱を持っている自分の頬と、布との間に詰められているヒンヤリとした何かがとても心地よかった。


ふと天井を見ると、見慣れた天幕(テント)の傘の裏側だった。--破壊と略奪を繰り返し、移動するモヒカン野郎どもが愛用するだけでなく、貧民たちにとっても大事な財産の一つなのだ--の中に一人、ベッドで寝かされていた。

暖かい毛布にくるまれていたので気づかなかったが、妙にスースーする……?


「ぎぇあああああああああああっ!!!!!」


素っ裸! なんでアタシは素っ裸で寝かされているの!?

「なんでなんで、いやおかしい! アタシ食べてもガリガリで美味しくないのに!!」


プチパニックに陥っていると、昨晩の整備士(メカニック)と呼ばれた小太りの男がテントをじっと覗き込んでいるのに気がついた。ニヤニヤしながら

「あんまり大きな声で喚くと、モヒカンどもに女の子が居るって気がつかれちまうぞ? 今はまだつるぺたのガリガリで、その筋の紳士にしか需要はないが、あと5年もすればイイ女に育ちそうだ♪」と呟く。


「アンタ、馬鹿でスケベで小太りで変態服脱がしだなっ! 最低だっ!」


「よく判ったな。だが、安心しろ。俺はおっぱい星からやってきた、おっぱい星人だ。おっぱいがないと死んでしまう。つるぺたは対象外だ」

そう軽口を叩きながら、綺麗に洗濯されて折りたたまれたジャケットにショートパンツ、Tシャツと下着を差し出す。その上には、アタシのお気に入りのゴーグルとヘルメットがちょこんと乗っけられていた。


毛布を身体に巻きつけたまま、アタシはそれを受け取る。整備士の脇から、ぴょこんと獣人の女の子が顔を出し、ニコッと笑う。まだ小さいけど、愛嬌たっぷりの素敵な笑顔。

きっと、可愛がられているんだろう。


「貴重な水を使って、このコ、……ポルテというんだが……が念入りに洗ってくれたんだ。礼を言ってやってくれ」


アタシはポルテの真ん丸な瞳を見つめながら、ありがとうを言い、そのもふもふした手を握った。

このキャンプで、アタシに最初の友達ができた素敵な瞬間だった--はずだった。


アタシの貧弱な身体を隠していた毛布がずり落ち、二人の目の前ですべてが露わになってしまう。


「ふふ~ん、まだ毛も生えてないのか」

顎に手をやりながら整備士が呟くのと、アタシの拳が奴の顔面にのめり込むのとがほとんど同時だったと、後でポルテから聞いたんだ。



その日から、アタシの整備士の助手として忙しく--正確には、こき使われる--日々が始まった。

そして、いろいろなことを知った。

このモヒカンのチーム、ブラッディ・ショコラはかなり大きくて、物資も豊かな集団であること。そして、それはこの世界では激しく戦闘的なチームであることの証でもある。

たびたび死人もでるし、何より車がしょっちゅう壊れたり、トラブルに見舞われていた。だから、腕のいい整備士は重宝されていたし、ボスからも特別扱いを受けていたんだ。

その整備士がうまく誤魔化してくれていたお陰で、アタシが女であることもバレなかった。つるぺたでガリガリなせいもあるけど。

いちど、ショタ好きのモヒカンに迫られて涙目になったことがあったけど、整備士が間に入って助けてくれた。


小太りの整備士--名前は「ナベ」としか言わなかったが、この世界ではない違う世界からやってきたらしい。

くだらない軽口ばかり叩いているくせに、自分のこととなるととんと口が重くなる。


そのときは、前の自分の世界が恋しいのかな……としか思わなかった。そう、そうとしか思わなかったんだ。

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