ポンティウスの回顧録

ポンティウスの回想

 私、ポンティウス・ピラトがルキウス・アントニウスと出会ったのはよわい16の時だった。学校アカデメイアを卒業して帝国軍に入隊し、私は一つの小隊を任された。

 その部隊で副隊長オプティオをしていたのが、なんの因果いんがかヤツだったのだ。


「ピラト隊長ケントゥリオ。ルキウス・アントニウスと申します」


「アントニウス副隊長オプティオ。経験が浅く、年下である私の下で働くのは複雑だろうが、貴官らに損はさせないつもりでいる。よろしく頼む」


「はっ。よろしくお願いいたしますッ!」『お願い致しますッ!』


 お互いローマ式の敬礼をして初顔合わせを終えたのち、ルキウスから部隊の兵士ひとりひとりを紹介され、訓練の様子も教わった。


 ヤツは初期こそ上官に対する礼儀を保っていたが、だんだんとざっくばらんな話し方になり、一週間がすぎる頃には、ほとんど友人のような態度で私に接するようになっていった。

 特に、仕事が終わった後の酒盛りではひどく馴れ馴れしくなり最初はそれが不快でしかたなかった。だがうんざりしながらも嫌々酒の席に付き合っていくうち、次第にまったく気にならなくなっていった。


 あれはいつだっただろうか。出会って半年がすぎたころだろうか。

 演習が早めに終わったので、ヤツの部屋で酒盛りをしていた夜のことだった。

 ルキウスが唐突に私に聞いてきたのだ。


「そういえば聞いてこなかったが、オマエはなんで軍隊に入ったんだ?」と。


 つまみをほおばりながら「わざわざ軍隊なんぞに来なくとも、オマエの家なら生活できるじゃないか」というルキウスの言い分は、ある意味では正しく、ある意味で間違っている。


当時のわたしは答えた。


「我が家の出自は裕福ゆうふく平民プレブスであって、古くからの貴族パトリキではない。金と勢いがあるだけの貴族ノビレスだ。そんな家門が勢力を広げるには、どうしたらいいか分かるか?」


「名声を上げるために軍功を上げるってことか」


「そういうことだ。それに昔から戦史や戦略を学ぶのは好きだったからな。それで軍に入った」


「なるほど。趣味と実益を兼ねてるってわけだな」


 納得したように、あから顔で酒をあおる。短く整えられた髪の毛、鍛え抜かれた豪腕ごうわん

 軍隊という組織ではこういった男が好まれるのだろうな、とあらためて思った。


「貴様はどうなんだ」とわたしは聞き返した。


「俺か・・・俺は家族を養うためだな。平民はみんな子供が多いだろ?ウチもとにっかく兄弟きょうだいが多いんだよ」


「何人いるんだ」


「俺の下に弟4人と妹3人」


「8人兄弟か・・・多いな」


「だろ?もう毎日食わせていくだけで必死なんだ」


 その言葉のわりに、ヤツの顔はとても明るかった。

 それから、ルキウスは幼い弟妹たちのおしめを変えたり、寝かしつけたり、おんぶしながら畑を耕したり、街に出て兵士の靴磨きをして日銭を稼いでいたときのことを話し始めた。

 典型的てんけいてき貧民プレブス出身の人生だが、内容とは裏腹に、ヤツの表情は明るかった。

 

 身体はつらくとも、いつもにぎやかな家庭は幸せなのだという。


 裕福だがほとんど交流のない我が家とは真逆だ。うらやましいとは毛の先ほども感じないが、楽しそうなのは充分すぎるほどに伝わってくる。


 暑苦しいこの男との腐れ縁は、その後も切れることなく続いていった。

 

 人生とは不思議なもので、初対面で絶対に合わないと思った人間と一生の付き合いになることがある。

 

 私の場合は、ルキウス・アントニウスという男がそうだった。

 

 ヤツの部隊は損耗率が異様に低く、士気が恐ろしいほどに高かった。ゆえに外征や内乱の鎮圧でも、上層部から作戦のかなめにさせられることが多かった。

 

 出自うまれと本人の意欲いよくの低さからあまり出世はしなかったが、恩賞ほうびは多く与えられた。その度にヤツの実家で宴会をするのがいつからかお決まりとなり、そこで後に私の妻となるクラウディアと出会った。

 

 私たちが結婚してから数年後、ルキウスも酒場の娘ユリアと結婚し、娘を授かった。


 順風満帆で、何も問題はなかった。


 あの日が来るまでは。

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