ウェヌスの月(4月)2日の追憶

最近、思うところがある。


いや、その、他意はないのだが。


【一ヶ月前に気まぐれで拾った奴隷】が、かわいくて、可憐で、愛らしい、のだ。


・・・どの表現もしっくりこないな。


要はめっちゃカワイイのである。


ちょこちょことした動きはまるで小動物のよう。


食事が美味しかった時は本当にうれしそうな笑みを浮かべる。


不器用な手先てさきでもはりきって家事に取り組む様子は、まさに幼気いたいけな少年のそれだった。


拾った時の傷口から察するに、おそらく生き地獄のような生育環境しゅっしんだったのだろうと思う。


そんなドブのような所から、何がどうなってこういう【小さい天使みたいな子ども】が這い出てくるのか、ワケが分からない。


ゲルマニアでは一族郎党みな戦士という文化的土壌でんとうぶんかがあったから、少年兵などめずらしくもない存在だった。周囲の大人たちに教え込まれた殺意をそのに宿して、目の前の人間を殺すことだけに集中していた。


しかしこの子は違う。周囲を恨むのではなく、教え込まれたままに他者を害するのでもなく、ただ目の前のやるべきことに一生懸命取り組んでいる。


嬉しいことがあれば全身で「うれしい」と表現し、美味しいものを食べれば「おいしい」とありのままに発信する。


少しずつ治ってはいくものの、痛々いたいたしい傷跡きずあとがたくさん残った身体で。


彼はただ、素直だった。率直で、正直で、誠実で、真摯しんしだった。


俺にはそれが、あまりにも美しく見えてしまった。




俺の目は、節穴だ。

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