第4話
贈るもの
この国には、「闇」がある。手にすると、何でも願いが叶うのだという不思議な力が。
誰も見たことも触れたこともない。しかし、それは確かに存在するのだ。
国の首都、それも中心部のにぎやかな街の一角に、その店はあった。
入り組んだ路地を進み、目立たない平屋の建物。路地に面した壁に、四角い窓と木の扉が一つずつ。扉には、20センチ四方の覗き窓があるが、小さなカーテンがかけられていて、中を見ることはできない。店を表すものは、そこにある「Open」の文字が書かれた白い木札だけ。
木札の端には――――
「闇の在処についてはお答えいたしません」
という注意書きがある。
扉を開けると、正面に丸いテーブルと椅子が二脚ある。テーブルには銅の縁取りをした水晶板が置かれていた。見上げると天窓があり、ステンドグラスになっている。そこから、カラフルな光が差していた。
今日は晴れている。
床に、キラキラと光が揺れている。
少年が一人、丸いテーブル越しにそれを眺めていた。
少年の座る場所は、この時間は影になる。
カップには、カフェオレが湯気を立てている。
少年の名前は、
ここで、魔術を使った ここでは、魔術を使った占いで、捜し物の情報提供をしていた。
床へと降り注ぐ光を、黒樹はじっと見つめる。
眩しいほどではないけれど、キラキラしている。
「ただいま」
扉が開く音とそこにつけられた鈴の音が、声と一緒に聞こえた。
視線をやることなく、ため息をつく。
「……おかえり」
帰ってきたのは同居人だ。何度言っても、玄関ではなく店から帰宅する。
「楓……」
名前を呼ぶと、続ける前に謝罪が返ってきた。
「あー、ハイハイ。悪かったよ、玄関から入らなくて」
「わかってるなら、直してよね。そもそも、僕が言おうとしたことはそれじゃない」
「違うの?」
黒樹は、天窓から差す光を指差した。
「そこに、立ってみて」
「え?」
訝しげな顔をしつつも、楓はその言葉に従った。
室内に揺らめく光の中に立ち、足元を見たあと天窓を見上げてみた。光が降ってくる。眩しい。
「ここが何?」
改めて立ったことはないが、別にいつもと違うわけではないようだ。修理が必要な様子もない。
「眩しい?」
「眩しいな」
「……そう」
楓は、眉間にシワを寄せて黒樹を振り返った。
「なに?怒ってる?」
「怒ってない。楓なら、そこが似合うだろうなーって思っただけ。やっぱり、似合うね、楓」
背が高い。そこそこいい顔をしている。人好きの雰囲気をして、おまけに、明るい表情と明るい髪の色をして、同じ色の瞳をした男。
この男は、「運命の人」を捜していた。
この辺りにいると答えたら、居ついてしまった。
楓は、楽しげに笑った。
「お前も、ここに立ってみれば?眩しいけど、キレイだぞ」
影からじっと、黒樹が光の中の楓を見つめる。
「…………僕は、それをこちらから見てるだけの存在だ……」
「また、そういうこと言う〜!」
カフェオレを飲もうとしている黒樹に近づいて、カップを奪う。
「楓」
黒樹が諌める声が飛ぶ。
「いいから、こっちにきなさい」
楓は、エスコートをするように黒樹の手を取って、光の中に導いた。
「似合うとかよくわからないけど、このほうが楽しい!」
「楓!」
「カフェオレなら、入れ直してやるよ!」
「(暖かい……)そこじゃない……」
暖かい場所で、光に溢れた場所で、自分がどんな顔をしているのか、黒樹はいたたまれない気持ちで楓を睨み上げていた。
「(楓はいつも、こうして贈り物をする。僕を、光の場所に連れて行く)」
「踊るか?」
楓が、黒樹の両手を取った。
「意味分かんないんだけど。踊らないから」
「えー。楽しいのにぃ」
「はいはい」
この男は、運命の人を捜していた。
そして、いつの間にか居付いてしまった。
END
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