見られているだけで何もできなくなる

ちびまるフォイ

最後まで見てくれる大切な仕事

なんやかんやで世界の人口は大量に増えた。

増えすぎた労働力を持て余した末に新しい仕事が生まれた。


「というわけで、これからあなたにはこの黒服が8人付きます」


「えっ……」


8人の黒服は俺の周囲1mの範囲をぐるりと囲んで立った。

大統領のSPみたいに見える。


異なるのは目線が外ではなく、内側の俺を見ていることくらい。


「圧が! 圧がすごいんですけど!」

「お気になさらず。そのうち慣れますから」


案内人は次の届け先があるのかそそくさと出ていった。

部屋には俺と8人の黒服だけが残った。


「えーーっと……なにか、飲みます?」

「…………」


「ずっと立っているのも辛いでしょう?」

「…………」


「う、うんちぶりぶり~~!」

「…………」


「なんか言えよ!!」


今どき小学生も顔をしかめるようなお下劣ネタを炸裂させても、

黒服8人はじっと俺の方を見たまま動かない。


怖くなってトイレに駆け込んでドアを閉める。


「はぁ……やっと1人に慣れた気がする……」


トイレを出ると再び8人の黒服に囲まれる。

彼らは食事も取らないし、眠っているのも見たこと無い。

もはや人間なのか。


「なんとか引き離す方法はないものか……」


ネットを探していると、好意的な意見ばかりが目立った。


『黒服に囲まれてから痴漢や夜道に怯えることがなくなりました!』

『親から殴られることも怒鳴られることもなくなった! 最高!』

『政府では犯罪率が0.0001%まで減ったとの報告があります』


「す、すごい……」


こんな状況で黒服を引き離してしまったら、

『今から犯罪します』と言うようなものじゃないか。


いや、だからこそ今がチャンスなんじゃないか。


「あのーー、聞こえてます?」

「…………」


「俺に反応しちゃいけない、とかいう命令ですか?」

「…………」


「本当は、俺の言葉なんて届いてないんでしょ?」

「…………」


例によって黒服8人はなにも反応しない。

石像に話しかけているように静かだ。


黒服に監視されてバツの悪さから犯罪を抑止しているかもしれないが、

だからこそ今俺が悪さをするなんて誰も思うまい。


さっそく近くのコンビニに行って店員と監視カメラの死角に入る。

幸いにも黒服たちが周囲にいるので、俺の手元は人壁で見えない。


そっとカバンの中に品物を入れようとすると――


「やめたほうがいい」


「え?」


「そういうのはよくない」


誰がしゃべったのかと思った。顔をあげると黒服だった。


「お前……ろ、ロボットじゃないのか……!?」


「私は人間だ。そうやって楽をして上手くいったとしても

 それは今回だけだ。その悪さは君の心にやがて影を落とすだろう」


「なんで、そんなこと……」


黒服とこそこそ何か喋っていると怪しまれる。

俺は結局なにも盗らずに店を出てしまった。


「ちぇっ、ビビって何もできなかったよ。

 本当はお前、犯罪を検知して注意するロボットとかなんだろ?」


「しつこいな。ロボットじゃないと何度言ったらわかるんだ。

 私はこの仕事を選んで従事しているただの人間だ」


「またよくわからない仕事を……。

 というか、しゃべれるなら最初から喋ればいいじゃないか」


「本来は禁止されている。仕事の目的が鈍るからな」


「仕事の目的って?」

「それは言えない」

「なんだそれ」


それからというもの黒服とは他人ではなくなった。

監視に慣れることはなかったが、自分のことをいつも見守ってくれる安心感があった。


結婚して、家庭ができて、子供が生まれて、歳をとって。


俺の人生を余すところなく、家族以上に見てくれている存在となった。




やがて、老いさらばえた俺は病院のベットで黒服たちに感謝した。


「ああ、みんな……今までありがとう……。

 最初は監視されているみたいで嫌だったが……今では家族以上の存在だ」


「…………」


「人口が多すぎるこの世界でも、人とのつながりを感じられたのは

 君たちが……俺をずっと見ていてくれたからだ……」


「私達は、ただこの仕事を選び、まっとうしただけですよ」


「ふふ……その遠すぎず近すぎない距離感が心地よかった……。

 最後にいつだったか君たちに聞いた仕事の目的を効かせてくれないか……」


「わかりました」


黒服たちは最後だと悟って話した。



「我々は監視によりストレスを与え寿命を短くするのが仕事なんですよ」



命の火が消えたのを確認してから、黒服たちはまた次の淘汰対象へと移動した。

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