第18話 こんな子供を奴隷にして・・・
「ねえ、それは何?」
私はクレイが受け取った首輪について尋ねた。
「これを媒介にして契約魔法を施すんだよ」
「契約・・・魔法って・・・」
「文字通り魔法で契約を施す。
契約に違反すれば、本人に罰が下るようになっている」
私は奴隷である少女に目を向ける。
栄養失調のせいか体はやせ細っていており、非力な私よりも力を感じられない。
そんな相手にたいしてクレイは何をさせようというのだろうか?
「・・・そんなことしなくてもいいじゃない」
「そうしなくちゃいけないんだ」
即答だった。
私が何かを言おうとする前にクレイは儀式を始めた。
「貴様の名は?」
「・・・え」
クレイに尋ねられたメイがオドオドとする。いきなり尋ねられて驚いているのだろう。
クレイが苛立った表情で手に持っていた杖で地面を叩いた。
鈍い金属音のような大きな衝撃音が地面から鳴り響き、直後にブルブルと振動が足に伝わってくる。
「貴様の名はと言っているんだが?」
「メ、メイなの!」
クレイの恫喝に似た問いにその少女は名前を言った。
クレイは杖を掲げるとメイの足元に魔法陣が展開される。
彼女は驚きと恐怖で一歩も動けないようだった。
「『メイ』、今から彼女が貴様の主だ。
名前は『サキ』
貴様の使命は『彼女の命を護ること』だ。その使命がなされなかった場合は『命を持って償う』事にする」
「・・・え?」
「期間は『彼女がこの国を離れる』までだ。
その後の貴様の恩赦をクレイ・ローランスが保証しよう」
私がクレイの言った事を尋ねようとするとゴルドに止められた。
「儀式の最中は動かない方がよろしいかと。
今は見守ってくれるとありがたいです」
クレイがこちらをチラリと見たが、すぐにメイという奴隷少女に目を向き直した。
「異論はあるか?」
「・・・ないの」
力のないメイの言葉にクレイは「そうか」と言って、私に杖を向ける。
私の足元にも魔法陣が現れて展開していく。
「『
そう言って、クレイが手に持っていた首輪をメイに嵌めると首輪が光りだした。
私の身体から何かが抜けた感じがして、それがメイの中に入っていった事が直感的に分かる。
首輪から発していた輝きが消えて、魔法陣もなくなるとクレイは少し安堵していた。
「これで契約終了だ。今日からお前は彼女の奴隷となってもらう」
「・・・了解なの」
彼女が俯いた顔で、何かを恐れた顔をしているのを私は見逃せなかった。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
「ねえ、あの契約は何なの?」
私はゴルドとメイが部屋から出て、クレイと二人きりになったので先程の内容を尋ねた。
「契約の内容か?『お前が死んだら自分も死ぬから精一杯守れよ』って内容で契約をしたけど、何か気に食わなかったのか?」
「馬鹿じゃないの?」
クレイは何が問題なのか本当にわからない顔をしていた。
実際にそんな事が可能なのか?何をしたらそんな事になるのか?
そんな事は聞かない。クレイの場合は何でもありなのだ。
言ったことが嘘ではない限り、それは紛れもない事実である。
つまり、私が死ねばあの少女が死ぬようにしたのは間違いない。
「そんなに軽く命を見ないでくれない?命が大事なことぐらい考えればわかることでしょ?」
『私が死んだら彼女は死ぬ』
そんな命令して何の得になる?
十年くらいしか生きていない少女に対してそんな命令をする理由が分からない。
クレイが何をしたいのか理解できない。
「これはお前を護るための措置だ。こうでもしないと奴隷を制御できない」
仕事をサボらせないために失敗=死という様にしたの?
今時のブラック企業でもここまでしない。小説や漫画に出てくるヤクザ《わるもの》とまったく変わらない。
「私の命を護るために他人の命はどうなっても良いと考えているワケ?」
彼女みたいなか弱い子にそんな物騒な条件を付けて良い理由にならない!
しかし、クレイは呆れた顔をしていた。
「勘違いするな。さっきの契約はお前があの奴隷に殺されないために施した契約だ」
「・・・え?」
突然何を言っている?私が彼女に殺される?どういうこと?
「ああいう風に契約しておかないと、奴隷が主人殺しを企む可能性がある。
奴隷が主人から解放されるには主人が自主的に開放するか、凄腕の術士が強制的に解除するか、主人を殺す必要がある。
だから、その選択肢を一つ潰し、尚且つ、こちらの目的を遂行してもらう内容で契約したんだ」
つまり、私が死ねばいけないようにし、本来の目的を遂行するように誘導したという事?
確かに、それなら先程の命令は都合がいいのだろう。命令と反逆防止の両方がなされるのだから。
あの少女がそんな物騒な事を実行するとは思わないが、行わない動機を確実に得たいのなら分からないこともない。
「・・・でも、あの子はまだあんなに小さいんだよ?可愛そうだと思わないの?」
私はもちろん死ぬつもりはない。でも、自分の意思とは関係なく人は死ぬ。
車に轢かれたり、不治の病を背負ってしまったり、大災害に巻き込まれたりして死ぬことはある。
しかも、今の私は敵が多いから命を狙われることが周囲より圧倒的に多いだろうし、この世界で町の外に出れば魔物に襲われて死ぬことは日常茶飯事なのだ。
そんな状況で彼女が巻き添えになるのは心苦しい。
そう思っての台詞だった。
この台詞にクレイはこめかみに手を当ててため息を吐いた。
「お前は何か勘違いしていないか?」
・・・勘違い?
「俺は最初に言った通り、奴隷にお前の命を護るために購入したんだぞ?
なのに、その奴隷の命を心配するとか、馬鹿じゃないの?」
「・・・馬鹿はあんたじゃん!あんなか弱い子を用心棒代わりにするの!?」
「それを選んだのはお前だろう」
「そ、それは・・・」
クレイの言うとおりだ。
彼女を選んだのは私だ。あれほど私を護るためにと何度も説明していたのに、私の気まぐれであの少女を奴隷にしたのだ。
でも、私は彼女にそんな事をさせようと考えていなかった。本当に理由などなく選んでしまった。
今すぐクレイに奴隷にすることを取り消す?
そうすれば、彼女は私を護るために命がけになることはない。
・・・でも、仮に取り消したところで彼女はどうなるの?
それに、結局は他の奴隷が私を護るために命を失う事になるんじゃないの?
・・・駄目だ。何が正しいのか全く分からない。
本当に何でこんな所にいるんだろう?
「クレイ殿、サキ殿、準備が整いました」
私が悩んでいるとゴルドが衣装を着替えさせたメイと一緒に中に入ってきた。
メイは先程のボロボロの服装とは違い、絹で作られた綺麗なドレスを着ていた。
「もう手持ちに金貨は無いぞ」
「これはサービスと思ってください。
クレイ殿とは今後も懇意な仲でやり取りしたいので」
「懇意な関係を結びたければその気持ち悪い笑顔を止めろ」
クレイが呆れてゴルドと話していると、メイは恐る恐る私の方へ近づいてきた。
「・・・ご主人様、これから・・・よろしくお願いします・・・なの」
小さい声でそう呟いたその声は私に怯えている気がした。
主人ということで私を警戒しているのだろう。
「サキでいいわ。よろしくね、メイちゃん」
私は優しく語り掛けてみたが、彼女は私に返事をすることは無かった。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
私はメイの手を握ってクレイの家まで案内していた。
道中、彼女は辺りが暗くなっていた王都の街道に対して視線をキョロキョロしていた。
それは王都に興味や好奇心を抱いているなどではなく、周囲の何かに警戒をしている顔だ。
もしかして、早速護衛の仕事をしているつもりなのだろうか?
「堂々としていろ」
クレイが低い声でそう言うと、メイはビクリと体を硬直して反応した。
「ねえ、メイちゃんを怖がらせて何が楽しいの?」
「楽しんでいない。この奴隷が目立つ行動をしているのを咎めただけだ。
一緒に居るお前も注目されてバレたらどうする?」
国の兵士に見つかれば、クレイがいるから何とかなるだろうが、二度と王都には来れなくなるだろう。
クレイの言い分は正しい。正しいが、言い方というものがある。
「もっと優しい声で柔らかい対応をしなさいよ。
そんなんじゃ怖がるのも当然でしょ」
「俺はお荷物を抱えるために奴隷を買ったわけじゃない。
やることやらない人間に優しく接する理由なんかない」
「・・・本当に面倒くさい性格をしているわよね」
何で私はこいつをその・・・マシな人間だと思ってしまったのか理解できない。
良いところもあるが、それ以上に色々と残念な部分が多すぎる。
「メイちゃん、クレイの事は気にしなくてもいいからね。
不愛想だけど無暗に危害を加える人間じゃ・・・」
そう言って、女騎士を思いっきり蹴り飛ばしたクレイを思い出す。
「・・・大丈夫!何かあったら私が護るから!」
何とか後に続く言葉を誤魔化して私は彼女を家まで連れて行った。
「ここが今日からあなたが暮らす家よ」
「・・・」
出来るだけ優しい口調で言ってみたが、メイは返事をせず、視線も私に合わせようとせずに俯いている。
そもそも、私やクレイに対して怯えていて、コミュニケーションをとれるような状態ではないみたいだ。
クレイはともかく、私に対して警戒されているのは少々傷付く。
「お帰りなさいデス!」
玄関に入ってリビングに戻ると店番をしていたロギアがこちらに来た。
「サキ、お腹空いたデス!早くご飯を・・・」
ロギアが私に夕食の支度を急かそうとすると、私の手を握っていたメイに気付いた。
「・・・サキ、その子は誰デスか?」
ロギアはまじまじとメイを見ている。
心なしか顔がほんのり赤い。
「今日からここに住むことになった女の子よ。メイちゃんって言うの」
「・・・メイ・・・デスか?」
・・・ロギアが彼女をじっと見つめていると、メイはピクリと一歩後ろに後ずさる。
「・・・ロ、ロギアはロギアって言うデス!
これからよろしくデス!」
ロギアが顔を赤くして手を伸ばすと、彼女はじっとロギアを見つめていた。
・・・そして、数秒後、
「・・・メイなの。よろしくなの」
ロギアの伸ばした手に彼女は恐る恐る握手した。
「・・・デスー!」
ロギアは喜んで嬉しそうに、恥ずかしそうな顔をしながら慌てて自分の部屋に入っていった。
「・・・あんなに分かりやすい態度は無いわね」
ロギアのあの表情はもしかしなくてもアレだ。
「あのバカは何がしたかったんだ?」
そして、アレを見て気付かないクレイは本当にバカだと思う。
少しは人の感情に敏感になった方が良いんじゃない?
「それじゃ、今から晩ごはんを作るからメイちゃんは・・・リビングで座って待っててね」
ここに来たばかりのメイに部屋がない。
寝床は後で決めるとして、とりあえずリビングで待機させることにした。
「・・・はいなの」
私は彼女をリビングまで案内させると、部屋着に着替えてエプロンを着用してキッチンへと向かった。
今日は疲れたし、簡単なメニューで良いか。
小麦粉と卵と朝に作っておいた出汁を入れて、千切りにしたキャベツを投入し混ぜる。
後は適当に何か食材を・・・
「・・・なあ、サキ」
手頃な食材を探している最中にクレイがキッチンに入って来た。
「あんたがここに寄るのって珍しいわね。何か用?」
「お前に尋ねたいことがあってな」
「話なら後でしてくれる?ロギアとメイちゃんが夕食を待っているから」
ああ、そういえばソースはどうしよう?
トマトや玉ねぎがあるからソースを自作してみるか?はちみつがあれば、かなり近い味を出せるかもしれないけど高価だからあんまり在庫にないのよね。
いっそのこと新しいソースを試しても・・・
「冒険者になる気は無いか?」
クレイが突然そんなことを言い出してきた。
「・・・は?」
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