第17話 何か私より優遇されてない!?

 私はクレイが指した建物をもう一度よく見てみると、確かにそこには異世界語で奴隷商館と書かれていた。

 こんな事で私が勉強した成果を発揮したくはなかったが・・・


「・・・あれ?」


「どうした?」


「アレが奴隷商館なんだよね?

 思っていたよりお店が立派で綺麗なんですけど」


 奴隷商館と聞くともっと薄汚いところをイメージしていたが、何というか清潔感が漂う立派な建物だった。

 それこそ・・・その・・・ホテルと勘違いするくらいに・・・


「商売だぞ?客に不愉快な空間を晒して誰が得する?」


「・・・そうね、至極当然の事ね。

 だからあんたの店は今まで繁盛しなかったんだと思うわ!」


 最初に見た時は酷い有様だった。

 商品には普通にホコリが付いていたし、並びも滅茶苦茶、床も泥で汚れていて窓にはカビがこびりついていた。

 あんな清潔感のないお店で道具を買おうとする人間はある意味勇者だけだ。

 はっきり言って、潰れたお店だと勘違いしている人間も何人かいただろう。


「あんなのでよく店が潰れなかったわよね?」


「さっきも言った通り、店自体はただの飾りのようなものだったからな。

 売れれば儲けものという感じで開いたが、実際には商売が外回りが多くなってしまって、俺とロギアしか従業員はいなかったから、お店を開くことは殆どなかった」


 ・・・何という杜撰な計画なのだろう?

 本当にこいつは商人なのか?


「・・・じゃあ、何?私の仕事は無駄だというの?」


「そんなわけあるか。お前がお店で稼いだお金で奴隷を買えるんだ。

 お前は自分を護るためにきちんと働いていたんだよ」


「いや、奴隷を買う為に働くつもりなかったんだけどね!」


「奴隷に限らず、お前が帰るために必要なものはお前が稼ぐことになる。

 さっきまでの買い物もお店の売り上げを使っているしな」


「・・・ねえ、良いの?お店のお金をそんな杜撰な使い方していいの!?」


 お店の経営がそんな単純なら商人は全然苦労しない!信頼や信用関係の確率のためにそんなことは御法度なのに・・・

 クレイが凄い魔法使いであることは分かっているが、商人の才能は全然ない事がわかった。


 私が頭を抱えていると、商館から一人の男性が現れた。

 おそらく従業員なのだろう。


「ようこそ、おいでなさいました。

 私、この店の店主でありますゴルドと申します」


 ・・・何だろう、この店主?


 小太りした体形とか、白いひげを生やしている所とか、丸ぶち眼鏡な所とか、ねっとりした笑顔とか、


「胡散臭い」


「おお、私共への指摘、ありがとうございます」


 ・・・ヤバい、気持ち悪い!

 背筋が寒くて、鳥肌が立つんだけど!


 そういう趣味の危ない奴!?


「・・・こういう奴だから気にしたら負けだ。

 商売魂が強いというか、強すぎるというか、とにかく癖が凄い」


「お褒めの言葉、誠にありがとうございます」


 ・・・うわ、何だろう。

 この下からねっとりみられる視線が値踏みされているようで嫌になる。


「それでクレイ殿、それで今日はどのような件で?」


 ・・・今日は?


「あんた、この店に何度も来たことあるの?」


 まさか、奴隷の女の子を買ってはあんな事やこんな事をしていたり・・・


「・・・あんたって、最低!」


「何を勘違いしたら、そんなセリフが思い浮かぶか分からないが、俺は売りに何度か足を運んだだけだ」


 ・・・奴隷を売る?

 ・・・うわ・・・そっちもないわ。引くわ。


「お嬢様、クレイ殿はこの街で悪さした罪人をここに送ってくれているのです」


「ざ、罪人?」


 何で罪人が奴隷商館に?


「奴隷の多くが借金奴隷と犯罪奴隷だ。

 そして、お尋ね者なんかを捕まえたりすると、ここに送り込まれて、報奨金がもらえたりするんだよ」


「・・・えっと、犯罪者を奴隷にしているの?」


「逆に聞くが、どうやって奴隷を生み出すと思ってんの?」


 どうやってって・・・イメージ的には・・・


「・・・身寄りのない子供を攫うとか?」


「それがもし、冒険者や教会の信者等、身分が分かっている人間だったりすれば大問題だぞ。

 重罪で問答無用に捕まるし、場合によっては死刑もあり得るんだ。

 しかも、そんな人間をこんな堂々と奴隷として売っていると思っているのか?」


「・・・ああ、うん、そうだね」


 よくよく考えれば誘拐って犯罪だし、それをこんな大きくて目立つお店が売るわけない。

 誘拐した奴隷をここで売ってますよって、盗んで空になった金庫に自分の住所を書いた紙を置くような愚行と同じだ。


 なんだ、てっきり昨日想像したような事があるのかと思って・・・


「・・・そう言うのは裏でやり取りされるんだよ」


 ・・・クレイの余計な一言がブルリと体を震わせた。

 そう言う怖い事は言わないでくれると助かるのに!


「他の街であれば、駐在している国の兵士に引き渡して手続きをしますが、王都であれば私共に渡してくれた方が早く報酬を頂けるわけなのです。

 むろん、細かい手続きをしていただきますが」


「だが、今回は売却じゃなくて、購入だ」


 クレイがそう言うとゴルドという商人は驚いた顔をするとチラリと私を見た。


「なんとまあ、それは・・・そこにいる彼女の為ですかね?」


 その言葉にクレイはにっこりと笑う。

 目はぜんぜん笑っていない。


「お、おっと、鋭い笑顔ありがとうございます。

 申し訳ありません。余計な詮索は商人の寿命を縮めてしまいます。

 これ以上は何も言いませんとも。さ、どうぞ、中へ」


 そう言って、ゴルドに商館の中を案内され、私は通路に驚いた。

 通路の壁はガラス張りになっており、その先に写っている部屋には私達に向けて肉体やポーズでアピールする男性や女性がいた。

 部屋の片隅に金額が記されているところを見ると、奴隷なのだろう。


「私、奴隷ってもっとぞんざいな扱いを受けている気がしていたわ。

 何か・・・私より大切にされてない?」


 奴隷の方々は先程買ったものと同じくらいの品質の服を着ているし、食事も先程言ったレストランと遜色ないものを食べている。

 ・・・毎日こんな生活というのは正直羨ましい。


「大切に扱うのは当然です。奴隷をぞんざいに扱う商人なぞ三流にも値しない!」


「勘違いするなよ。お前は傷だらけで死にそうな程に弱っている奴隷を買おうと思うか?」


「・・・ああ、そういうことね」


 要は宣伝の為に一部の奴隷に対して待遇をよくしているのだろう。

 状態が良いものだったり、能力が高そうに見えれば高く売れるからだ。

 見えない所ではこれほどの優遇を受けていないのかもしれない。

 じゃないと、全員同じような待遇であればお店が潰れてしまう。


「そう言うのを望むのは裏で・・・」


「だから止めてってば!」


 そんなやり取りをした後、通路を抜けて、私達は小さな個室に案内される。

 その部屋にあるソファーに私とクレイが座ると、ゴルドからメニュー表のようなものと写真を差し出された。


「それで、どのような奴隷をお望みで?」


 写真は紳士服を着ているイケメンな男や妖艶な格好をした女がポーズしているものばかりだった。


 ・・・なんだろう?

 なんかいかがわしいお店だと思ってしまうのは私の気のせいだろうか?


「俺もとりあえず見定めるけど、最終的な判断はこいつが決める」


 そういって、クレイは私に丸投げした。


「わ、私?」


「当然だ。お前を護る奴隷なんだ。何のためにここに来た」


「わ、私は・・・」


 ・・・ただ、私の知らない所でこんな事をして欲しくなかっただけで、別に私自身が奴隷が欲しいとは思っていない。


「まあまあ、クレイ殿、今から様々なお勧めの奴隷をお見せしますので気に入ったものをお選びください。

 予算はいかほどでしょうか?」


「金貨百枚までなら出す。

 なるべく傭兵など護衛としての経験のある人間が良い」


「訳アリであれば質の良いものもご用意できますが、ご覧になられますか?」


「理由もきちんと説明するのであれば構わない」


「畏まりました」


 そういって、ゴルドという奴隷商人がパチンと指を鳴らすと、店員が多くの奴隷を連れてきた。

 連れてこられた人間には首輪が掛かっており、腕には手錠がはめられている。


 正直言って、気分が悪かった。


 良い服を着て、にっこりと笑っている奴隷たちが並んでいるが、その異様さに何かが拒否反応を起こした。


「彼はかの有名な『第三次人魔大戦』で生き残った選りすぐりの兵士です。

 騙されて無実の人間を攻撃した罪でここにおられますが、能力、精神鑑定では問題はありません」


「・・・他は?」


「他でお勧めするならば・・・」


 奴隷商人は一人ずつ説明をしていたが、私は聞いていなかった。


 はっきり言えば、拒絶反応に近かった。

 奴隷を持たなくてはならないというのはクレイの説明で理解はしていた。

 でも、何かが納得できなくて、目の前の奴隷たちを見たくなかった。


 そう思って目を逸らしていたが、後ろにいる一人の奴隷に見入ってしまった。


 何というか、不思議なことにその奴隷からシンパシーみたいなものを感じたのだ。


「・・・あの女の子は?」


 私が注目していたのは後ろの片隅にひっそりと立っていた少女だった。

 ロギアと同じ年くらいの女の子で、ここにいる奴隷たちの中で一人だけ雰囲気が違って見えた。

 その姿はどこかで見たことがある表情だ。

 何というか、絶望に染められた顔をしている。


「ああ、彼女ですか・・・彼女は身寄りのない孤児院の為に自ら借金奴隷となった者です。

 申し訳ありません、お客様のご要望にお応えできるようなモノではなく、間違って入れてしまったようです。

 今すぐ戻して・・・」


「彼女にします」


 私の言葉にクレイと奴隷商は驚きの表情で私を見た。


 奇遇だ。私も驚いている。

 気が付けば口が勝手に動いていたのだ。


「・・・今なんと?」


 奴隷商はもう一度私に尋ねた。


 私はさっきの言葉を取り消せばいい。


 でも、私の答えは変わらなかった。


「彼女が良いです。私が購入します」


 私の決定に、クレイが不思議な表情をしていた。


「・・・どうして彼女なんだ?」


 どうしてと聞くと、分からない。


 理由なんてないのかもしれない。


 分からないから、思った事を言うしかない。


「何となくよ」


 その一言でクレイは頭を抱えた。


「・・・何となくかよ」


「悪いわけ?」


「最終的な判断はお前に任せたんだ。

 お前が選んだのなら俺は何も言わない。

 爆弾を持ち帰るわけじゃないしな」


 クレイは私の意見を了承すると、奴隷商と交渉を始めた。

 ・・・爆弾?


「一応聞いておくが、いくらだ?」


「金貨二百五十枚・・・と言いたいところですが、今回は特別に百二十枚にいたしましょう。

 予算より若干オーバーしておりますが、クレイ殿なら、払えますでしょう」


 ・・・それって本来の価格の半額以下って事?

 というより、何で彼女にそんな値段が?


「予算より高いのは分かるが、そこまで値段を下げられるという事は訳ありか?」


「ええ、ですがクレイ殿であれば御する事は簡単でしょう」


「使うのは俺じゃない。彼女だ」


 そう言って、クレイは私の方を見る。 

 ・・・使うとかそう言う事を言わないでくれるかしら?


「確かに金貨百二十枚なら手持ちで支払える額ではあるが、訳ありの理由は?」


「極度の人間不信ですね。

 原因は前の主人が関係しているとのことです。詳細は分かっておりませんが、彼女のスキルが原因と聞いております」


「詳しい情報を集めてくれ。報酬は金貨十枚」


「十八枚」


「・・・いい度胸しているな。

 というより、何で手持ちの枚数を把握してるんだよ!」


 そう言って、クレイはゴルドに持っている全ての金貨を投げ捨てるかのように渡した。


「ホホホ、情報収集は商人の基本です。

 ・・・しかし、情報に対して値切らないのは流石クレイ殿です。

 分かりました。すぐに集めておきましょう」


 ゴルドはねっとりしたニコニコ笑いでそう言うと、一度裏口に入ると、何かを手にしてすぐにここに戻って来た。


「これが契約錠となります」


 そう言って、クレイが受け取ったモノは金属に似た何かで作られた首輪だった。


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