第16話 さすが貴族は半端ないって!

 確かに、他の国で静かに暮らす事が私の望みに近い気がした。


 落ち着いた村でのんびりと過ごすのがこの世界で一番だと思っていた。


 でも、確信した。そうじゃなかった。


 私の選んだ道は間違っていなかったんだ。


「私、あなたの傍にいてよかったわ」


「目を金貨みたいにキラキラして言う言葉じゃないけどな」


 私は満足した顔でうっとりと、クレイは疲れた顔でグッタリと喫茶店に居座っていた。


 なぜ、私とクレイがこんな状態になっているかというと、話は六時間前に遡る。




 高額な衣装を買って店から出た後、私達は王都の様々なところを歩き回っていた。

 先程クレイが選んでくれた服を私はそのまま着て、貴族街を歩く。


 王都の貴族街は周囲の下町やケルクと違い、通路を移動しているのは殆どが馬車である。

 私たちのような徒歩で歩く人はほとんどおらず、いるのは兵士とどこかのメイドさんぐらいだ。


 貴族は歩くのがどうも苦手らしい。

 奇遇なことに私も歩くのが苦手なのに、この待遇の差は何だ!


「馬車を借りちゃ駄目?」


「商人とかが扱う一般的な馬車とは違うんだぞ?

 気軽にレンタルできるような代物じゃないし、そもそも購入以外に利用する手は無い」


「・・・確かにそうね」


 目の前にある馬車は金箔や宝石などが目に付いて、いかにも高そうだと分かるものばかりだ。

 ケルクで見ていた質素な馬車と用途が違うためか、別物に見える。


 ・・・私としてはあそこに止められている馬車みたいなのが良い。

 宝石や貴金属が飾られているわけじゃないが、しっかりと手入れされている馬や落ち着いた色合いで綺麗な籠に気品が感じられるし、デザインのセンスも良くて、奥深い魅力が感じられる。


「・・・あんな馬車に乗りたいな」


 私がそう言って、クレイがその馬車を見ると嫌な顔をした。


「・・・あれは公爵家が利用している馬車だな。

 アレ一台で金貨数万枚は下らないぞ?」


「・・・万?」


 ・・・金貨数万枚って日本円でいくらかな?

 何千万?いや、もしかして何億?


「成り上がり貴族のように貴金属や宝石を見せびらかす馬車じゃなくて、全てが一級品の原料を使っている。

 加えて、それぞれの部品が上手く調和して、一つの芸術として噛み合っているんだと」


「・・・何となく言いたい事は分かるけど、クレイはそういうのって分かるの?」


「いや、リーンの受け売りだ」


「・・・ですよね。あんたに芸術的センスとかなさそうだもんね」


 そう言う人間であるのであれば、あんなに部屋を散らかさないし、食事だってお風呂だってしっかりしている。

 ・・・いや、芸術的センス以前に生活センスが皆無だった。


「誤解しているようだから言っておくが、俺にも家事スキルは少しぐらいある。

 料理も出来るし、その気になれば掃除も出来る」


「いや、嘘言わなくていいわ。

 今までの生活からして分かるもの!」


「本当に持っていないなら、リビングや治療室も荒れているはずだし、食材だって用意していないだろ?」


「・・・言われてみればそうね」


 確かにリビングや治療室はある程度整頓されていた。

 ロギアもクレイと同じように不器用だから、あの子がやったとは思えない。

 料理も出来るならば、私に頼らず作っていたはずだ。

 いや、出来るなら手伝ってよ!


「じゃあ、何であんな自堕落な生活をしているの?彼女にフラれたの?」


「・・・意味がないからかな」


「はあ?」


「自分の部屋が穢かろうが他人がそこに住むわけじゃないし、おいしい料理を作らなくても生きていける。

 お店だって、基本的に外でやり取りをしていたから綺麗にする必要もなかった。

 まあ、あれだ。面倒くさいし、他人に迷惑をかけないからやらなかった」


 ・・・うわ、本気で言っているの?


 つまり、リビングや治癒室が整頓されていたのは誰かが来た時に備えての事で、

 調理器具や食材も来客を持てなる為に用意したという事?


 ・・・何だろう。こいつ変だ。


「綺麗な部屋に住もうとか、美味しい料理を食べたいとか思わないわけ?」


「・・・そう言うのに興味がないな」


 ・・・うわ、何かつまんない。

 絶対に友達がいないタイプだ!


 そういう人生を過ごして楽しいと思うのかしら?


「・・・ちょっと付き合いなさい」


「は?」


「私が教えてあげるわ。楽しい生活というのをね!」




 ・・・といった感じで私とクレイは貴族街を歩き回っては色々と楽しんだ。

 高級店のようなレストランで美味しいコースランチを堪能したり、

 何千人も入るような劇場で魔法を利用した演劇の演出に驚きながらも盛り上がったり、

 貴族御用達の化粧品でお勧めの商品を大人買いしたり、

 こうして、念願のスイーツを見つけては買ってみたりと非常に満足な一日だ。


「この世界にもクレープがあるなんて思わなかった!」


 久々の甘味を楽しでいると、クレイは呆れた顔をしていた。


「これ一つで金貨二枚とかおかしいだろ?

 俺が作ったドリンクの方が遙かに摂取効率が高いじゃねえか」


「あんな人間が食べられないものと一緒にしないでよ」


 クレイは相変わらずだった。

 ランチでは無表情でご飯を食べていたし、

 魔法による演劇も演出に使った魔法に対して変なことをブツブツ呟いていたし、

 化粧品店では興味がまるっきり無かったからか、立ったまま眠っていたし、

 ここの喫茶店でも、甘くて美味しいクレープに対して、栄養価とコストパフォーマンスを気にしているだけだった。


「・・・ねえ、聞きたいことがあるんだけど」


「何だ?」


「アンタって、人生って楽しいって思ったことがあるの?」


 なんというか、クレイに趣味があるように見えない。生きれれば良いみたいな堕落した思考が感じられる。


「そう言うお前は楽しんでいるのか?」


「そりゃ、楽しさ絶賛中よ。こんなに遊んだのは久しぶりだもの」


 いつの間にかクレイを楽しませるという目的を忘れて、私が楽しんでいた位だ。


「そうか、良かった」


 ・・・なんかごまかされた感じがするけどまあ良い。


「それにしても、ここっていいところね。

 何でもあるし、景観も治安もよさそうだもの」


「王都の貴族街だからな。お金のことを考えなければ、国で一番娯楽が栄えているところだぞ。

 おかげでこっちは金貨百枚の損失だ」


「・・・そんなにしたの?」


 魔法道具専門店『ブレッシド・レイン』の売り上げは私が勤めた時こそ私の魅力のおかげで急に売り上げが上がったけど、今では来客も落ち着いてきて、平均して金貨二十数枚ぐらいの売り上げとなっている。

 つまり、五日間の売り上げを一日の買い物で失う事になるとは・・・流石貴族街だ。値段が半端ない。


「でもさ、買い物にそんなにお金がかかるんだったら、普段の支払いとか面倒じゃない?」


 現にクレイは金貨の入った重そうな袋を腰につけて持ち合わせているし、馬車で移動しているにしても邪魔にならないのだろうか?


「こういうのは基本的にツケ払いなんだよ。

 月に一度、従者が店に訪れてまとめて払うんだ。

 そうしないと、常にお金を持っていたら追剥ぎやひったくり、スリとか起きてしまうからな。

 その場で現金払いは俺達みたいな見知らぬ新参者の場合ぐらいだ」


「うわ、流石貴族!」


 つまり顔パスみたいなものか?キャッシュカードの様に後でまとめてお支払い的な?

 私にはできないことを平然とやってのける!

 そこに痺れる!憧れる!


 ・・・でも、ウィンドウショッピングとか、試着して楽しむのも悪くないわね。

 こっそりと抜け出して楽しむのも悪くないんじゃない?


「言っておくが、うかつに王都にまた行こうと思うなよ。

 今日は俺が付いていたし、騎士がなるべく巡回しない場所を移動しているから特別に許可したんだ。

 お前の立場で気軽に行けると思うなよ」


「・・・分かってるわよ」


 流石にクレイがいないのに向かおうとするほど馬鹿ではない。

 ひょんなことで勇者だとバレたらどうすることもできないもの。


 ・・・しかし、今日は本当に楽しかった。こんなに楽しんだ一日はかなり久しぶりな気がする。


 今まで友達とか他の人と遊んだりすることは殆どなかったから・・・あれ?


 ・・・ちょっと待ってね?


 ・・・何だっけ?こういうのって?


 ・・・・・・男の人と二人で遊ぶことを何というんだっけ?


 ・・・・・・・・・デート?


「さて、もう帰りましょう!もう十分に楽しんだんだから!」


 私はこれ以上余計なことを考えないように、紅茶を飲んで、逃げるかのようにさっさと帰る支度をする。


 しかし、そんな私の手をクレイは握った。


「ちょっと待て!」


「な、何よ・・・」


「このまま帰るつもりなのか?」


 そう言って、クレイはある建物を指さした。

 そこは立派で大きな建物だった。

 ・・・何というかホテルの様に見える。


 ・・・嘘でしょ?


「ちょっと待って!本気!」


「本気も何も、これが目的なんだろうが」


 目的って、クレイを楽しませることだよね?


 ・・・えっと、じゃあ、そう言う事?


 クレイの目的はあそこに私と一緒に行くことで達成されるわけで

 ・・・私と・・・つまり、そういうことをするために・・・


「・・・いや、その、ちょっと心の準備があるというか・・・まだ私には早いというか・・・」


 いくら美人で可愛らしい私に魅了される気持ちも分からないとはいえ、まだ出会って二週間でそんな・・・


「むしろ遅いくらいだ。俺達がこのままでいいと思っているのか?」


 ・・・普段のクレイとは思えないくらい強引にグイグイ来る。


 あれ、ヤバい。何かドキドキしている!

 こいつってこんなに凛々しかったっけ!?

 こんなに男らしい男だったっけ!?


 強引なのに・・・怖いはずなのに・・・望んでいる私が・・・


「早くあそこの商館で奴隷を購入するぞ」


 そう言って、クレイは私を連れて行こうと・・・


「・・・・・・・・・え?」


「・・・何のためにこの街に来たんだよ?

 まさか、王都を楽しんで満足して、本来の目的を忘れたわけじゃないだろうな?」


 ・・・本来の目的。


 そう言えば私が王都に向かおうと思った理由は・・・


「・・・そ、そんなことあるわけないじゃん!

 も、もちろん、覚えているわよ!」


 ・・・ああ、ビビった。

 ヤバい、すっかり忘れてた。

 そうだ、奴隷を買うんだった。

 というか、そのためにこの衣装を着ているんだった!


「・・・テンション下がるわ」


 そうよね、この根暗が私に手を出すなんて度胸があるわけないよね。


 あ、因みにいうけどテンションが下がっている理由は奴隷を購入しなくちゃいけない事であって、他に他意はない!


 ・・・ほ、本当に他意はないんだから!

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