第15話 一つだけを選べない!

 ・・・どうして一つしか選べないようになっているのだろうか? 


「おい、まだ決まらないのか?」


「もうちょっと待って」


 これは数少ない好機なのだ。

 絶対に後悔しないように慎重に選ばないといけない。

 クレイはさっさと選ぶように急かしているが、私としては命に関わることなんだ!


「・・・服一つ買うのにどうしてそんなに時間が掛かるんだよ?」


 クレイが呆れてそう呟いた。

 全然大したことじゃないと思っているようだ。


「・・・クレイ、一つ教えてあげるわ。

 女性にとって服は命なのよ。戦争なのよ!

 決して手を抜いていいようなものではないの」


 私は王都で経営しているいかにも高級店と思われる服屋で自分が着るドレスをどれにするのかで悩んでいた。


「もう一時間はずっとそこにいるだろうが!」


「うるさいわね!

 男なんだからもっと根性見せなさいよ!」


 こういう人間っているわよね。

 興味がないからってさっさと終わらせるように急かす奴。

 もっと心に余裕を持たせることは出来ないのだろうか?

 彼氏にだけは絶対にしたくないタイプだわ。


「そうかよ、それより早く決めてくれ。

 この際、二着でも三着でも買っていいからさ」


「・・・え、いいの!

 じゃあ、試してみたいコーデがあるの!」


 こういう人っているのね!

 欲しいものを大盤振る舞いで買ってくれる人! 

 彼氏にしてあげてもいいタイプ!


「・・・こりゃ、絶対に遅くなるな」


 クレイは観念したような顔でそう言うと、壁にもたれかかっていた。


「・・・それより、何で服を買ってあげる気になったわけ?」


 私は王都に出る際に変装していた。

 髪の色を黒から赤っぽい茶髪に染めて、髪型もストレートからリボンで結んでサイドテールにして、印象を明るく見せるメイクで別人に見せていた。


 不安と緊張を持ちつつ、久々に訪れた王都はケルクとは違う空気が流れていた。

 ケルクの街並みが活気ある元気な街に比べて、王都は静寂で優雅な空気を醸し出している。

 それは奥に向かうほど顕著になっていき、ケルクとは比べ物にならないほど多くの人たちが行き交いしているのに、どことなく静かだった。


 ・・・そんな矢先、まずクレイに連れられた場所がここである。


「奴隷商館に行くんじゃなかったの?」


「奴隷商館は午後から向かう。その前に準備をしないとな」


「・・・準備?」


「奴隷商館は正装以外お断りの場所だ。

 お前が付いてこなきゃ、ここに来ることもなかったんだよ」


「はー、この世界にもドレスコードにうるさい店があるのね」


「というより、王都の貴族街では服装規定が当然のようにつけられている。

 貴族が平民と仲良く食事したり、買い物をしている様子を想像できるか?」


 ・・・確かに想像はしにくいかも。

 高級スーツを着ている人間が女子高生やポロシャツを着た男とフレンチ料理で相席する様子なんて見たことがないし・・・いや、フレンチ料理店なんて行ったことがないんだけどね。


「それに、お前が元の世界で着てた衣装と違うものを着ることで印象を変えることが出来るし、貴族のようにふるまっていれば兵士も声がかけにくい」


「なるほどね・・・」


 私は服を選びながら感心すると、一着目を決定して、店員に渡した。


 そんなときにふと思い出した。


「・・・ねえ、クレイって元々は騎士だったの?」


「いきなりどうした?」


「いや、騎士団と面識があるようだったし、あの化け物を倒せちゃうし、でもケルクでお店の店主をしてるし、訳が分かんないから」


 クレイはタダ物ではない。

 それは二週間の生活でよくわかった。

 どういう事がどのくらい凄いのか分からないが、少なくとも国とは何かしらの因縁がある。


「正確には面識があったのはあそこのリーダーだけだ。

 元は騎士学校に通っていてそこの同期だった。

 今も互いに騎士爵を持っているし、対等と言えば対等な立場だな」


 リーダーというと、金髪の爽やかなイケメンだったあの人の事だ・・・ろう・・・って


「騎士爵って、え?」


 騎士爵ってもしかしてあれよね?

 中世ヨーロッパで言う、貴族だったはずだ。


「あんた、貴族だったの!?」


「貴族といっても名ばかりの準貴族だけどな。

 家の土地はもらっているが、騎士団に所属しているわけでもないし、どこかの派閥の傘下に入ってもいない」 


 実にあっさりとクレイはとんでもない事を暴露していた。


 ・・・いや、何かしらの有名な役職位は想像できたが、まさかクレイも騎士だとは思わなかった。


 クレイが騎士?


「・・・どうしよう。全然似合わない」


「タキシードとか着る機会がないからな」


 いや、そっちじゃない。服装の方は少なくともいつものロープに比べればカッコ良・・・マシです。


 クレイが白馬に載っている姿を想像する。


「・・・駄目、腹筋が壊れる!」


「なにいきなり笑っているんだ?」


 あぁ、駄目!全然似合ってない!騎士というより、どちらかと言えば暴君だ!

 暴れ馬を強引に使役している暗黒騎士としてならぴったりだ!


「き、貴族って事は土地を運営していたりするの?」


 私は笑いをこらえながら、クレイに疑問を訪ねる。


「封建制度の事か?騎士に持てるわけないだろ。

 町や村を作れるほどの領土を貰えるのは正式な貴族・・・男爵以上になってからだ。

 それより下は準貴族って呼ばれていて、貰えるのは家を建てる事ができる程度の土地と、何人かの家臣だけだ。

 因みに騎士団で言えば小隊長と呼ばれている人間がその爵位になる」


 小隊長という言葉に聞き覚えがある。確かリーンというクレイの同期の人がそうだった。

 だから、同じ騎士爵なのね。


 あっちは素直に想像できる。クレイと違って、さわやかさが白馬に似合っている。


「因みに中隊長であれば男爵、大隊長であれば子爵、団長であれば伯爵と同等の地位が貰える。

 魔術士も宮殿魔術師になれば同じように子爵相当の地位は貰える。

 まあ、職業軍人が貰えるのはあくまでお飾りとしての地位だから土地はもらえないし、町を運営するわけじゃないけどな」


 ・・・はい自慢来ました!子爵になれる位の立場だったんですよって、さりげ自慢来ました!


 残念でした!私の国は四民平等、男女平等なもので貴族の凄さが分かりません!

 宮殿魔術師がどれくらいすごいのかわかりません!


「・・・というか、あんたに主従している家臣って、ロギアの事?」


「あいつは違う。

 ただの拾い物で、勝手に弟子になるとついて来ているだけだ」


 拾い物って・・・もしかして、ロギアって孤児なのかな?


「じゃあ、家臣はいないの?」


「いないな。俺には必要ないし」


 必要ないって・・・あれ?


「騎士爵の仕事って何なの?」


「・・・なんか今日はガツガツ質問してくるけど、どうした?」


「何もしないのは退屈でしょ?

 話し相手になってあげているのよ」


 ・・・別にこいつの事を知りたいとかそう言うわけではない。

 いや、あるにはあるが、それはあくまでパートナーとしてだ。

 それ以外の理由で知りたいとか・・・そういうワケじゃない。


「・・・騎士爵の仕事だと二つの道がある。

 一つはリーンみたいに王国騎士団に所属して部隊をまとめる仕事。

 もう一つは男爵以上の貴族の傘下に入って、土地の一部を代わりに管理したりする仕事だな」


「一つ目は何となくわかるけど、二つ目は騎士の仕事なの?」


「騎士の仕事というより準貴族の仕事と言った方が近いな。

 大きな土地を持てない平貴族はどこかの貴族の傘下について辺境の村なんかを管理したりするんだよ。

 騎士や准騎士も騎士団に所属しないで、王族直属の騎士になったり、貴族の傘下に入って私兵団をまとめたりする人間だって中にはいる」


「・・・そんな仕事をあんたがしている所を見たことがないんだけど?」


「言っただろ?形だけの騎士だって。

 俺は騎士団に所属してもいないし、どこかの貴族の傘下に入っているわけでもないんだ。

 だから俺には部下もいないし、店を開く余裕がある」


 その答えは私を国に売るつもりはないとの事なんだろう。

 それは私にとって喜ばしい事なのだが・・・


「そんなんでよく剥奪されないわね?」


 普通、仕事をしない人間は会社からクビ宣告されてもおかしくない。

 公務員みたいな人間でも最近じゃ厳しいのだ。


「むしろ、そうなった方が好都合なんだけどな」


「・・・好都合って、どういう事?」


 むしろ悪いんじゃないのだろうか?

 だって、騎士爵が無くなるという事は貴族じゃなくなるという事だ。

 つまり、住んでいる土地が没収されることになる。


 そうなればこいつの生活も、私の隠れる場所もなくなってしまうというワケだ。

 ・・・大丈夫なんだろうか?


「貴族になるという事はその国で王に仕える義務がある。

 その代わりに土地や部下が与えられる。

 つまり、貴族は国から恩賞をもらえる代わりに自由を奪われる立場なんだ」


「・・・あ、そう言う事か」


 つまり、貴族というのは勇者と同じ立場なのだ。

 国から力を貰う代わりに、その力を国の為に使わなくてはならない。


「だが貴族でなくなるという事はこの国に留まる理由がなくなるという事になる。

 そうなれば、こんなクソッタレな国なんかさっさと捨てて、お前と一緒に他の国に亡命すればいい」


「・・・うわ」


 クレイは愛国心がゼロだった。むしろマイナスだった。

 そういえば、私を説得したときも、国が嫌いだから宮殿魔術師という役職を断ったと言っていたっけ?


「じゃあ、何でさっさと国を出なかったの?」


 嫌いなのであればさっさと出ていけば良いだけの話だと思うのだが、理由があるのだろうか?


「準貴族とはいえ、国に奉仕する立場であることには変わりない。

 貴族の立場のままで亡命すると、後で面倒くさい事につながるんだよ。

 簡単に説明できないけれども、貴族の爵位が剥奪されない限り、他所の国で生活はかなり厳しくなる。

 国から犯罪者として追われるよりもな」


 つまり、クレイは貴族である限り逃げられないということなのだろう。


「・・・その言い分だと、まるで国はあんたを逃がさないように貴族にしてるように聞こえるんですけど?」


「事実だから仕方がない。

 国にとって知られたら不味い事を色々知っているしな」


「・・・うわ」


 クックックッと笑っているクレイを見て私はドン引きした。

 何というか、こういうのを聞きたくなかったし、知りたくなかった。


「暗殺とかされそうな人間が言っているけど大丈夫なの?

 というか、そんな人間と一緒に居る私って大丈夫なの!?」


「選んだのはお前だろ。

 あの時『他国で経営している』孤児院での生活を選んでおけば、少なくとも国の連中から狙われることは無かったし、

 外に出なければ魔物にも襲われることは無かったんだから」


「ちょっと待って!『他国で経営している』!?

 そんな単語全然聞いていなかったんだけど!」


 絶対に言っていなかった!

 言っていなかったという自信がある!


「・・・まあ、心配するな。

 国は俺を相手にしている場合じゃないし、俺もこれ以上国に攻撃したりしないから」


「・・・これ以上という事は、国に喧嘩を売ったことがあるって事じゃん!」


 やばい、私ってとんでもない選択をしたのかもしれない!クレイが危険なヤツだと知っていれば・・・


 いや、これ以上悔やんだって意味がない。

 クレイなら何とかしてくれる!

 ・・・たぶん。


 今は楽しい事を考えよう。

 せっかくの買い物なんだし・・・そうだ!

 楽しい時間に変な事を考えたって意味がない!


 私は半ば強制的に思考を切り替えて、二着目の衣装を店員に渡した。


 そして、最後の一着で再び悩んでしまう。


 ・・・うーん、二着までは決めたんだけど、あと一着はどっちにしようかな?


 残りの候補は白いワンピースと藍色のカクテルドレス、どっちもベクトルが違うけどいいんだよね。

 ワンピースは清楚感があって明るく見えるし、カクテルドレスは大人っぽくて魅力的に見える。


 ああ、もう一着だけ選べれば・・・


「ねえ、これとこれだとどっちが似合うと思う?」


 私は右手に白いワンピースを、左手にカクテルドレスを持ってクレイに見せる。


「・・・両方買えばいいだろ。三着までなら買ってやるからさ」


「もう二着は決めているのよ。あと一着をどっちにしようか迷っているの」


「・・・俺が決めていいのか?」


「ええ、いいわ」


 そう返事すると、クレイは軽く考えこんで・・・


「・・・こっちが似合うと思う」


 そう言って、クレイは右手の白いワンピースを選んだ。


 ・・・ええ、そっち選ぶ?

 確かに可愛いけど、何か子供っぽいから違うと思うんだよね。


「嫌そうにするなら、反対の方を選べよ」


 確かにこちらは大人の魅力を醸し出すし、こういうのに憧れるのよね。


「でも、こっちもこっちで色が趣味じゃないし・・・両方買う事が出来れば悩みは解決するんだけどなー」


 私が両方買ってくれることを期待してそう口にすると、


「悩むくらいなら買わなくていい」


 そう言って、クレイはふたつとも手を取って商品を戻そうと・・・


「嘘です。買うから!これ以上強請らないから!」


 する前に、私はクレイが選んだ服を選び、店員に渡して購入することにした。


 店員は笑顔で応対してくれてクレイに請求額を提示した。


 ・・・服や靴、アクセサリーなど金額が合わさった値段をこっそり見てみると、総額で金貨七十枚近くになっていた。

 クレイが少しひきつった顔をしていたのは貴重な光景だった。


 ・・・金貨七十枚って、日本円でいくらだろう?

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