2章 奴隷になるのだけは嫌!

1節 買ったモノは人間でした

第14話 奴隷とかありえなくない?

 魔道具専門店『ブレッシド・レイン』では主に戦闘職業にとって有益で、様々な商品を仕入れている。


 魔力を流すだけで様々な発現を起こすギア

 魔法を覚えるための知識が書かれている魔術書

 魔法を使うための素材や小道具

 そして、疲れや傷の治す魔法で作られる回復薬


 私はその商品のひとつである回復薬をクレイから教わった錬金術で作っていた。

 城から出て、このお店で働く事になって二週間が経ち、私が唯一習得している魔法である。


 初めは文字すらわからずに苦戦をしていたが、クレイからみっちりと教えられたせいで簡単な文字は何とか理解することが出来るようになった。


 といっても、日本で言えばひらがな、ローマ字のような物であるため、あくまで相手に文字で伝える程度にしか身に付けてはいない。


「奴隷を購入しよう」


「は?」


 私が回復薬を製作している中、クレイは突然そう言いだした。


「あ!」


 私がその言葉に気を逸らしたせいで、魔力の流れが乱れ、合成が止まってしまい失敗してしまった。


「・・・突然言ってしまって悪かった。

 驚かして失敗してしなったな」


「いや、別に良・・・くはないけど、それよりも奴隷って何?」


 もしかして従業員の事を言っているのだろうか?


 確かに従業員は会社の奴隷とか言われていたりするけど、この世界でもそう言う概念があるのだろう。


 そうであれば私は賛成だけど、その言い方はどうなの?


「いや、そういう遠回しな言い方じゃなくて、本来の意味による奴隷。

 つまり、人間が従属する人間の事だ」


 つまり・・・え?


「・・・何言ってんの?奴隷を購入ってどういう事?」


 奴隷がどういう存在であるのか・・・元の世界と同じ意味を持つのであればそういう事なのだろう。

 人間としての権利がなく、労働力として働かざるを得ない人物の事だ。


 映画とかで鞭を打たれながら大きな石を運んだりしているあの人たち?

 道具のように扱われている悲惨なあの人達?


 いや、クレイの意図がどういうものか分からないが、そもそもの話に疑問がある。


「・・・奴隷って、この国にいるの?」


 私はこの国に来てから二週間は経っているが、そのような人間に出会ったことは無い。

 ケルクの街を全部見たわけではないが、少なくともこの近辺ではそれらしき人物は見かけない。


「奴隷を利用しているのは殆どが王都にいる物好きな貴族だ。

 ケルクには縁のない話だから姿が見られないのも当然だ」


「いや、何で奴隷なんているの!?」


 私は焦燥感に似た感情でクレイを問いただすと、クレイはあっさりした顔で答える。


「単純に人手が足りなかったからだ。

 ギアが普及するまでは至る所に奴隷がいたぞ」


 クレイの話を詳しく聞いて要約すると、どうやらギアが普及しだしたのは結構最近の事らしい。

 それまではギアは古代から伝わる秘宝として扱われ、貴族しか手にすることが出来なかったからだ。


 魔術を扱える平民が滅多にいないため、それまでの生活はかなり悲惨だったようで、生活水準を上げるために奴隷の存在は不可欠だったとのことだ。


 しかし、だったということは今は違う。


「今はギアがあるから必要ないんでしょ?」


 ギアの存在によって文明は大きく進歩したとクレイは前に言っていた。

 だったらそんな制度を取り入れる必要は・・・


「必要は無くなったが、制度自体は撤廃されていない。

 貴族の中には制度を撤廃するように示唆しているが、しばらくは制度を無くすことはないだろう」


 つまり、制度がなくならない限り奴隷はなくならないと言うことになる。


「・・・それって、貴族にとってどうでもいい事だから?」


「正確には、撤廃したら都合の悪い貴族が多いからだな。

 奴隷制度があるが、誰でも奴隷に落とせるわけじゃない。

 奴隷制度を撤廃して、『釈放するために調査したら不正に手に入れた奴隷だった』と知られたら困る貴族がいるからそのままにされている」


 ・・・つまり、自分たちが不正な方法で入手したりしているから、奴隷制度がなくなった後に行うであろう奴隷の調査に困るって事?


「・・・最悪、結局は自分のためじゃん!

 そもそも、そんなのを労働力にするくらいなら従者を雇えば一番だと思うんだけど!」


 貴族がお金持ちであるのであれば、そんなことをせずに雇えば良いだけの話だ。


「従者だけが奴隷の使い道じゃないんだよ。

 貴族は独占欲が強いし、疑い深いからな・・・俺も人の事は言えないけど」


 ・・・そう言う事?


 クレイの言いたい事が何となく伝わった。


 つまり、私のような美人で完璧な女性を手中に収めたいから、無理やり奴隷にして自分のモノにしてるって事!?


 そう言えば、クレイって私を大衆浴場に行かせなかったけど、人攫いとかもあるって言っていたわよね?

 もしかして私が攫われて貴族の奴隷になる事を恐れて!?


 ・・・辛いわー、美人で優しくて、料理も出来て、何でも仕事をこなせる自分が辛いわー!


「・・・にやけた顔で変な妄想しているみたいだが、そう言う理由で奴隷制度は無くなっていない。

 奴隷も前に比べて少なくなってはいるが、確かに存在する。

 ただ、今回はその制度を利用して、お前に奴隷を見繕いしようと思う」


「・・・いや、それが分かんないんだけど?」


 何言ってんの?奴隷を見繕う?

 私がそんなものを欲しがっていると思っているのだろうか?

 好感度が上がると思ってんの?

 むしろ好感度がメチャクチャ下がったよ!


 確かに、私はお店で会計の仕事をしたり、クレイから教わった錬金術で回復薬を製造したり、この家の家事やらなんやらやって余裕はなかった。

 朝遅くまでのんびり寝ているクレイを殴って起こそうかと何回も思ったほどだ。


「だけど、それぐらいなら普通に従業員を雇えばいいじゃん。

 何でわざわざ奴隷なのよ?意味わかんない」


 この男は奴隷という言葉に魅力をもっているのだろうか?

 ま、まさか奴隷プレイというのを楽しみたいのだろうか!?


「・・・お前の護衛も兼ねているからだよ」


「え?」


 私の護衛を兼ねて?


「この間の事を忘れたのか?

 魔族がお前にめがけて襲ってきたんだぞ」


「・・・あぁ」


 確かに魔族がここに向かって襲ってきたのはこの目で見てるし、国からも追われているんだった。


「もちろん、こういうことが毎回あるわけではないし、なるべく俺もお前から離れないようにするが、どうしたってお前ひとりになることがある。

 俺がいない時に再び魔族が襲ってきたら、どう考えても最悪の想像しか出来ない」


「・・・それは、そうだけど、傭兵とかじゃダメなの?」


 この街には傭兵ギルドというのがある。

 大きな商会の建物や遠出まで移動する馬車なんかで見かけて、盗賊や魔物から護る仕事を請け負っているギルドだ。


「傭兵にお前が勇者であることを説明するのか?

 お前を護る存在である以上、お前の存在を知ってもらわないと十全に動けない」


「う」


「まともな傭兵だったらともかく、質の悪い奴を選んでしまったなら自分の命惜しさに裏切る事だってある」


「うぅ」


「それに、俺は魔族相手でも立ち向かえるほど優秀な傭兵を、長期間契約できる程のお金を持っているわけではない」


「・・・うううぅ」


 そこまで沢山言われたら反論できなかった。


 この問題は私が無力なことが原因で、クレイに頼ってばっかりだから、私がクレイの方針に意見をする事なんてできない。

 クレイは本当に私との約束を守るつもりでいるのだから・・・


「奴隷を買うのが嫌なのか?」


 嫌かと言えばもちろん嫌だ。


「人をモノのように扱いたくないし、そんな風に扱えるように私はなりたくない」


 そう答えると、クレイはため息を吐いて呆れていた。


「・・・どう扱うかはお前の自由だ。

 扱うのが奴隷であることと、お前を護る存在であることを忘れていなければな」


 ・・・その言葉の意味がよく分からなかった。

 だけど多分、自分の好きなように接していいと解釈していいのだろう。


 私が奴隷扱いしなければ問題のない事だ。


「明日は俺が王都の奴隷商の所に向かうから、お前は店番をしていてくれ」


「・・・待って、私も行く」


「は?」


 クレイは呆れた顔でそう言った。


「・・・王都だぞ?国の兵士やらがウロウロしているんだぞ?」


「変装すれば一日ぐらい何とかなるわよ」


 私は引かなかった。


「私の奴隷なんでしょ?だったら私が選ぶ。

 これは譲れないわ」


「・・・マジか?」


「冗談でこんなこと言わないわ」


 私は二週間ぶりに王とに赴くことになった。


 でも、私は予想しなかった。


 この事が私の人生を大きく変えてしまうとは思わなかったのだ。

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